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グローバル時代の国際取引法
―教育と研究の両面から―


一橋大学大学院法学研究科教授 阿部博友


 本稿は、富山大学における国際シンポジウムにおける討論会の要旨である。本討論会のパネリストは、ジョン・ミドルトン氏(1)、黄瑞宜氏(2)、楊東氏(3)、丁恒氏(4)、河村寬治氏(5)、そして田中康子氏(6)の6名であり、筆者はそのコーディネーターをつとめた(7)。本討論会の主題は、一部国際ビジネスで活躍する人材育成も視野に入れつつ、特に国際取引法研究と教育の状況を理解し、その発展に向けた課題を、多彩なパネリストによって議論しようとするものである。


1 研究・教育の現状と問題点-各国の状況

 最初のテーマは、各国の国際取引法研究の状況と問題点である。オーストラリア出身のミドルトン氏は、「国際取引法はオーストラリアの大学における選択科目の一つとして注目を集めている」と紹介した。確かにモナシュ大学(オーストラリア)法学部では国際取引(International Business Transactions)に関する法講座が開講されている。さらに同氏によれば、ヴィクトリア州弁護士会(Law Institute of Victoria) が発行する月刊誌(Law Institute Journal)を見ても近年は国際取引法関連の論文が増加しているという。東アジア地域において多数のオーストラリア人弁護士が国際法務を担当しているが、その活躍の背景には同氏が紹介した国際取引法の人気の高まりがあるのかも知れない。

 次に、楊氏によれば、中国における司法試験には三国法(国際公法・国際私法・国際経済法)という科目があるという。また、国際商法という講義が開講されている場合もあるが、これはOxford大学やHarvard大学など、英米の著名な大学から教員を招聘して行っている授業であるという。そして、中国においては国際経済法に関する講義の人気が高いが、これは2001年12月に同国が世界貿易機構(World Trade Organisation)に加盟した事実も影響していると思われる。ただし学生の人気は約15年前がピークであり、現在で中国国内企業や公務員への就職志向の高まりも影響して、受講科目としての国際経済法の人気に陰りが見られるという。ただし、外資系企業への就職に実力を発揮する女子学生にとって、三国法の人気は依然として根強いという(8)。なお、中国においては、80年代から活動している国際経済法学会の他に、5年前から国際経済法研究会が発足し、さらに商務部の下のWTO研究会もあり、盛んな研究活動が展開されているとの報告があった。

 丁氏は、2001年以降の中国における国際経済法の関心の高まりを認めつつも、その学問体系の曖昧さや、社会における実用性に関して問題を提起した。つまり、国際取引法についていえば、その研究対象が実体法であったり手続法であったりして、研究の焦点が定まっていない懸念があり、かつ学生が社会に出た際に、それらの学問がどのように役立つのか、現在の研究や教育には課題も少なくないとの指摘である。丁氏の経験や問題指摘は、わが国における研究・教育についても参考にすべきであろう。 黄氏は、台湾では国際取引法という固有の学問領域が定着しているのか疑問であると指摘。同国の国際私法学会において、国際取引法に関する研究も散見されるが、WTO法や国際公法は別として、国際取引法という科目は台湾の大学においてほとんど開講されていないという。黄氏は、その所属する玄奘大学を通じて毎年海外の研究機関との学術交流を推進している。さらに、台湾の大学では雑務に追われて研究活動に支障が生じているとの報告があった。また、台湾では法学部卒業生は一般に公務員や法曹に進むことが期待されていて、大学の教育もそうした受験準備に向けられる傾向が強いという。黄先生は96名の学生面接を行ったが、そのうち88名が女子学生であったという。これら学生を含め、国際取引法研究者の支援体制が求められていると問題を提起した。


2 わが国の状況

 田中先生は、理学部の出身で知財関連のコンサルタントをつとめられているが、企業法務という職域は男女差もほとんどなく、総じて女性にとって活躍しやすい分野であると指摘された。しかし、企業法務部や知財・ライセンス担当者は必ずしも高等教育機関で法教育を受けた者と限らないので、業務上の必要に追われて限られた分野を自習するが、体系的に国際取引法を学ぶ機会に恵まれていない懸念があり、広い座標から問題を把握することが困難ではないかとの問題が指摘された。また、多忙な業務に追われる実務担当者は、必要に迫られた狭い分野の勉強はできても、法学の包括的学習に割く時間的余裕がないという問題の指摘があった。

 河村氏は、国際取引法の対象領域の多様化と研究の分化が、国際取引法の体系化を複雑にしている主要因であると指摘し、そうした事情もあって、国際取引法のわが国における認知度は必ずしも高いとは言えないと指摘された。そして、同氏は体系化が進展しない中で、国際取引実務経験者とそうでない研究者とが独自の研究を進めることにより、国際取引法を体系的に理解するためにも齟齬が生じる一因になっていると問題指摘した。同氏が指摘するように、実務経験はこれまで国際取引法研究の重要な要素と捉えられていたが、今後活躍する若手研究者は必ずしも実務経験者であるとは限らない。そのためにも現在の研究を担う実務経験者は、その経験値を知の集積として若手研究者に伝える努力を怠ってはならない。


3 国際取引法の定義・射程・学問のあり方

 国際取引法の定義について、河村氏は、澤田壽夫先生(9)のご発言を引用した。つまり、「税金は扱いませんが、随時私の関与した英文契約書や判例を利用しつつ、国籍の異なる企業や人の間の物の売買、運送と保険、知的財産、投融資、企業形態、競争法、仲裁、訴訟、調停による紛争処理、そして国際取引に深く関与するWTOその他の国際機関、国際協定の働きを学んで行きます」というのが国際取引法である。河村氏は、澤田先生のこの広範な定義こそ、半世紀を経た現在でも妥当するもので本学問の本質であると指摘した。さらに同氏は、国際税務についてさえ、現代ではその重要性が認識され、国際取引法の一領域と認識されていると指摘し、最近ではOECD租税委員会によるBEPS(Base Erosion Profit Shifting-税源浸食と利益移転)原則などは、その例証であると発言された。確かに、国際経済法の領域や、国際投資法、その紛争処理法や国際環境法等、扱うべき法分野は広大な広がりを示している。

 遠藤元一弁護士(10)は、シンポジウム参加者の一人であるが、今回の討論会への質問という形で、国際取引法学のあり方や方向性について提言された。つまり、学問領域の多様化という事実を前提にした場合、民官を問わず様々な人材が研究に参加すべきであり、ある意味で分業体制の確率が求められているのではないかとの指摘であり。さらに重要と思われる指摘は、国際取引法研究者は、静的に問題を理解するだけでなく、より積極的に政策・立法面で提言を行ってゆくべきとの提案である。国際取引法研究の国際的、かつ多様な人材による協働(collaboration)が今回のシンポジウムの包括テーマであるが、協働は多様な人材が互いに切磋琢磨することによって可能となる。公職者、若手、女性それら何れであろうと、国際取引法を志す者が議論の輪に加わることは大歓迎である。そして、学問である以上、国際取引法は法の叙述に止まってはならない。


4 課題

 楊氏は、人民大学が学生の海外留学に積極的に取り組んでおり、その制度が整備されている状況を説明した。新聞報道によれば中国からの海外留学生は40万人以上であり、留学先としては英米がほぼ半分を占めているようだ。わが国の海外留学生は6万人程度である。留学先は中国と米国がそれぞれ30%以上を占めている。海外留学をすればグローバル人材に近づくという訳ではないが、国内安定志向の強い若者が多い状況は憂慮すべきであろう。高等教育機関としての大学も、学生の留学支援策に積極的に取り組むべきであろう。

 田中氏は、わが国における若手研究者の育成支援が不十分ではないかとの疑問を提示した。若手が国際取引法を研究する「場」としては、学会や研究会に参加することは近道と思われる。田中氏は、たとえばGBL研究所のような研究組織が、積極的に若手を受容し、研究活動を通じてその育成を支援することが重要であると提言した。河村氏が言及されたように、わが国には国際私法学会、国際経済法学会、国際商取引学会、国際取引法フォーラム、そして国際取引法学会など複数の学会が存在するが、その相互の連携・協力となるといまだ心許ない。それぞれが、個別の路線で国際取引法研究に取り組んでいるが、それらが連携し、協働することによって、さらに効率的で実効性のある研究成果が望める可能性がある。手法が多様化し、地理的にも拡大を続ける国際ビジネスの外縁をたどるように進化し発展する国際取引法であるが、新しい世界の創造と発展を目指す富山大学において、各国のパネリストが集い、話し合った課題を克服しつつ、友好国間における研究の連携強化を図ることによって、この学問の地平は限りなく広がって行くのではないかと感じられた。


※注
(1) 一橋大学大学院法学研究科教授。
(2) 台湾玄奘大学副教授。
(3) 中国人民大学副院長・教授。
(4) 中倫律師事務所(上海)弁護士。
(5) 明治学院大学教授。一般社団法人GBL研究所代表理事。
(6) エスキューブ株式会社代表取締役。弁理士。
(7) 本稿は、討論の概要をそのコーディネーター役をつとめた筆者の視点で要約したので、各パネリストの発言の転記ではない。本稿の内容に関する責任はすべて筆者にある。
(8) 楊氏の報告によれば、法学部では女性が7割近くを占め、修士課程でも女性は8割近くを占めているという。外国文献の理解が重要である国際取引法の領域では多くの女性が活躍しているという。
(9) 上智大学名誉教授。国際取引法学会名誉顧問。引用は1966年に日本の法学部で初めての国際取引法の授業を開講した際の文部省(当時)係官への説明。国際取引法学会のHP参照(available at: http://www.asas.or.jp/jaibl/pdf/info_20141203.pdf, as of 26 February 2016)。
(10) 東京霞ヶ関法律事務所所属。




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