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イギリスのEU離脱を考える

千葉大学 法政経学部 教授 関谷 昇

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ルールとは何か、政治とは何か 第6回


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イギリスEU離脱の衝撃

 今回は、イギリスが2016年6月23日に行われた国民投票で、EU(欧州連合)からの離脱を選択したことを取り上げ、現代のデモクラシーが直面している諸問題について考えてみようと思います。

 今回の国民投票は投票率が72.2%と高く、4650万1241人の有権者のうち、離脱派が1741万0742票、残留派が1614万1241票という結果でした。51.9%と48.1%という僅差において、イギリスのEU離脱が国民によって判断されました。この後、イギリスは他の加盟国と個別の貿易協定を結んでいくことになるわけですが、この決断がどのような影響をもたらすことになるのか。まだまだ流動的なところがあり、各専門的視点からの分析に委ねる必要がありますが、現在のEUが置かれている不安定な状況が、主権国家の自立という側面から顕在化させられたことは、今後のデモクラシーのあり方に大きな影響を与えていくことになると思われます。


主権国家=デモクラシーの回復?

  以前の連載では、資本主義の変容がデモクラシーのあり方に大きな影響をもたらしているということに言及しました。市場化するデモクラシーは、民主的正当性よりも効率性を重視しようとするのであり、これまで資本主義と両立してきたデモクラシーをめぐるコンセンサスそのものを流動化させるに至っています。市民社会における共感と信頼のネットワークの崩壊・中間階層の減少および富者と貧者との二極化は、まさに市場の優位によってデモクラシー社会から平等性が失われつつあることを物語っているわけです(本連載・第4回)。

 しかも、市場化するデモクラシーにおいて特徴的なことは、人的・物的資源が国境を越えて自由に交錯するグルーバル化の流れの中で、排他的な動きが生み出されているという点です。一方では、一部の富裕層に有利な資本の流れが形成され、貧困に直面する人々との絶対的な格差が生み出されています。他方では、そうした貧困に直面する人々も、不平等を根本的に克服していこうというよりは、自分たちが既に得ているものを失いたくないという意味での保守的な態度と結びついています。いずれにしても、他者に対しての不寛容さが顕著な形で現れていると言えます。

 今回のイギリスのEU離脱の背景には、まさにこうした意味でのデモクラシーの危うさがあります。それが、国民投票において如実に現れたのであり、数において圧倒的な貧困層の意見は、移民に対する不満を直接的な形で示したのでした。ギリシアの破綻、ポーランドやリトアニアからの移民・シリア難民の受け入れは、イギリス人にとって政治的安定性を損なうばかりか、自分たちの雇用や福祉が奪われてしまうという感情を噴出させました。

 もともとEUは、経済のグローバル化に対抗し得る「中間項」として構築された側面があり、EU圏内に単一市場の枠組みを作り出すことによって、人的・物的資源の交流を通じた社会的な連帯を構築していくことが狙いでした。ところが、世界のグローバル化の流れは、そうした国際社会における「中間項」としての連帯機能を大きく後退させることになりました。移民が生活不安をもたらすという構図の下に、労働者たちは反発を強めるに至ったわけです。EU加盟国を拘束するルールや規制は主権国家としての存立を危うくさせるだけである、そうした不満が大方の予想を上回る形で示されたのでした。

 この問題の根底には、EUの成立過程から残り続けている、「主権国家」という枠組みが侵害されるということに対する根深い批判があることは言うまでもありません。その意味で今回の国民投票は、主権国家という枠組みと結びついたデモクラシーが改めて問われるに至ったものであり、EU離脱は自分たちにとってのデモクラシーの回復であるという言説の中で実施されたことが極めて特徴的なことでした。

 ここで言うところの主権国家とデモクラシーの結びつきは、いわゆるナショナル・アイデンティティの復権を基礎としています。EUからイギリスが離脱するメリットの一つに、主権の絶対性や排他性を抑制するEUのルールや規制から解放されて、主権国家としての自立性を回復できるという点が挙げられています。その真偽はともかく、それによって、移民・難民の受け入れに対して制限をかけたり、EUへの拠出金を自分たちのために用いることが可能になるというわけです。また、経済的にも、自立する国家として自由なルールで貿易を展開することができるということが想定されているわけです。


主権国家=デモクラシーの亀裂?

  このようにナショナル・アイデンティティの復権を背景にしながら、主権国家とデモクラシーとの再結合を求める動きは、他のEU加盟国に対しても大きな影響を与えることは言うまでもありません。既に、マーストリヒト条約の批准をめぐってデンマークが国民投票で否決し(1992年)、欧州憲法をめぐってフランスやオランダが同じく国民投票で否決していることからしても、今回のイギリスの離脱はEUの存続にとって計り知れない打撃を与えたということができるかもしれません。

 しかし、今回のイギリスの動きをめぐっては、これとは別の流れが交錯していることにも目を向ける必要があります。それは、イギリス国内におけるスコットランドや北アイルランドの地域的な独立の動きです。

 今回の国民投票において、スコットランドでは62%が、北アイルランドでは55.8%がEU残留を求め、僅差とはいえ、過半数を超えたイングランドやウェールズとは対照的な結果となりました。とりわけ長い歴史においてイングランドとの対抗意識を潜在的に有しているスコットランドは、2014年に独立をめぐる住民投票が実施され、とりあえずは否決されたところではありますが、今回の結果におけるイングランドとのねじれによって、改めて独立に向けた動きを再燃させる可能性が出ているようです。

 無論、イギリスがEUから離脱からの離脱を手続き的に完了させる前に独立を果たし、EUへの残留を図るといったことは、ルール上難しいところがありますし、連合王国から独立する経済的デメリットを考えれば、独立の動きが短期間で達成される可能性はかなり低いと言われています。ただ、(EUが必ずしも支持していない)独立というカードを切らなくても、自治政府として移譲されている権限の範囲内において、スコットランドとEU加盟国との間における多角的な連携・協力を構築していくことはありうるところです。

 ただ、いずれにしても今回の国民投票は、イギリスの主権国家としての統合性において、亀裂の溝を改めて深める結果になったことは疑い得ません。こうした動きは、ナショナル・アイデンティティの復権とは次元を異にするものであり、主権国家という強固な枠組みを相対化し、地域の自立を図ろうとする自治の追求です。EUという超国家的共同体が、主権国家内における地域の自立に与える影響を改めて物語っていると言うこともできます。


補完性原理と共同体の行方

 こうしてみると、イギリスのEU離脱は、改めて主権国家の行方を見通すうえで、極めて大きな契機となったと考えることができます。そこで改めて注目されるのが、補完性原理という考え方です。

 この補完性原理とは、より狭域の共同体の自主性・自立性を最大限に尊重するとともに、より狭域の共同体で取り組むことが困難な事柄については、その共同体の合意の下に、より広域の共同体が補完する、という考え方です。この考え方は、ヨーロッパの政治思想史において、古代や中世からその萌芽が見出され、近代以降の主権国家を中心とする秩序原理とは異なる系譜においてとらえられてきたものです。とりわけ、中世や初期近代のローマ法・団体論・都市論などの研究分野において、補完性という視点は多層的な秩序原理としてとらえられましたし、その後もカトリック教会における教皇回勅などを通じて、主権国家と個人との間にある社会の多元性をめぐって議論が繰り広げられてきました。

 この補完性原理は、マーストリヒト条約において、EUの基本原理とされました。その適用のされ方は、EUに権限が集中してしまうことを抑制しつつ、ヨーロッパを基盤に多層的な秩序を構築することを狙いとするものでした。つまり補完性原理とは、主権国家と超国家的共同体との緊張関係を根本的なところで基礎付けるものとして、EU加盟国の中で共有されているわけです。

 言い換えれば、EUという秩序は、例外状態(カール・シュミットが用いた概念で、「本来の政治=主権者 による決断」を構築する必要がある状態)を克服する契機として作用する主権的権力が絶対化しない状態において維持が可能になるということを物語っていると言えます。そうであるとすれば、例外状態が現れてくるようになる、あるいは敢えて例外状態が作り出されるようになると、主権という契機が改めて全面化してくることになります。実際、現在のEUがグルーバル化の帰結として直面している状態を例外状態と見なすならば、ナショナル・アイデンティティの復権の下に主権国家とデモクラシーとの再結合は、その傾向を端的に示していると考えることができます。しかもそうした動きの中で、EUを基礎付ける補完性原理は、主権という絶対的な権力を伴っていないがゆえに、その無力性が指摘されてもいます。

 しかし、現在の置かれた状況は例外状態であると即断すべきなのか、判断は早計なようにも思われます。例外状態が強調されればされるほど、主権国家の復権とEU離脱の動きは加速していくことになるでしょう。ただ、補完性原理が示す可能性をEUがどこまで追求できているのかどうか、少なくとも現段階でそれを判断することはできないように思われます。

 これまでのEUにおける補完性原理の取り上げられ方は、あまりにもEU加盟国間における権力関係や権限配置を垂直的に調整するものとして偏って理解されているように思われます。しかし、そもそも補完性原理とは、そもそも権力関係や権限配置のみならず、すぐれて多層性で水平的な秩序を基礎付ける共同体原理であることに留意する必要があります。本来の意味での補完性原理は、より狭域の共同体としての意思がいかなるものであるのか、各共同体間の水平的な関係性はどのようにあるべきなのか、そうした議論の積み上げの帰結として、都市・地方・国家・超国家共同体の関係性を構築していくことを教導するものです。

 今回のイギリスの国民投票は、そうした関係性の構築を遮断する帰結となりましたが、長期的な展望に立って見たとき、どのような関係性を構築していくべきかは、まだまだ未知数のように思われます。そうした視点からも、今後のヨーローパの行方に注目していく必要があるのではないでしょうか。


 編集・撮影/木村寛明(BIZLAW)



この連載記事を読む
 ルールとは何か、政治とは何か

 


関谷 昇

Profile

関谷 昇 [千葉大学 法政経学部 教授]

1971年生まれ。栃木県出身。1995年獨協大学法学部卒業。1997年千葉大学大学院社会科学研究科法学専攻修了、修士(法学)。2000年同大学院社会文化科学研究科日本研究専攻修了、博士(法学)。同大学法政経学部助教授、準教授等を経て、2016年より現職。。
専門分野は、政治思想史、政治学。研究テーマは、[思想研究]近代社会契約説、自治の思想、補完性原理、コミュニティ論。[社会的実践]市民自治、市民参加・協働のまちづくり。

ホームページ : http://www.noborusekiya.com/




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