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18歳選挙権と政治参加

千葉大学 法政経学部 教授 関谷 昇

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ルールとは何か、政治とは何か 第5回


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はじめに

 これまでの連載では、「他者」性という視点にこだわりながら、公共空間をとらえる理論的な視座を確認してきました。これからは、それを踏まえながら、多方面にわたるさまざまなトピックを取り上げることによって、ルールや政治の理解を深めていきたいと思います。

 今回は、2016年6月19日に施行された改正公職選挙法によって、選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられたことを取り上げ、若者の政治参加について考えてみたいと思います。この18歳選挙権は、2016年7月10日に実施される参議院議員選挙から適用されることになり、18歳・19歳の約240万人が新たに有権者に加わることになります。これによって、若者の意思が政治に反映されていくことが期待されていますが、この法改正は果たしてどのような動きへと展開していくのでしょうか。


若者の低投票率

 若者の投票率は、他の世代と比較して、圧倒的に低い状況にあります。前回2013年7月の参議院議員選挙では、20-24歳が31.18%、25-29歳が35.41%であり、全世代の中で最も高い70-74歳の70.94%、65-69歳の69.98%と比べると大きな差があります。こうした若者の低投票率は、1970年代以降の顕著な傾向となっており、若者の政治的無関心が指摘される一つの要因となっています。

 無論、若者世代だけでなく、有権者全体において低投票率の傾向が見られます。その背景には、「争点ごとの選択肢と政党の選択とが重ならないというディレンマ」「政治や行政への強い依存の裏返しとしての落胆の大きさ」「組織票で決まってしまうから自分が一票を投じても政治の現状は変わらないという無力感」「政治の世界が閉じられているので政策論と言われても何が問われているのか理解しづらいといった閉塞感」など、有権者全体において、既存の政治に対する距離感が生じているということがあります。

 しかし、若者たちが政治に参加しようとしない固有の理由は、端的に言えば「政治そのものとの接点のなさ」にあると言えます。高校生や大学生と話をしていても、候補者たちの主義主張や政策を選択するという「土俵そのもの」に乗ることができていないという印象を強く持ちます。「将来への不安はあるけれど何をすればいいのか分からない」「自分には関係ないので、やりたい人がやればいい」といった声は、まさにそれを象徴しています。

 また、さまざまな政策を自分に関わることとして受け止めることができていないという現状も垣間見られます。例えば、就労世代は、自分が働いている会社やそこでの仕事を通じて、市場の動向に一定の関心を向け、国の経済政策、雇用政策、税金、福利厚生といったことを考える機会を多かれ少なかれ持っています。また高齢者世代においても、雇用、年金、保険、福祉・医療・介護などをめぐる政策は、まさに自分の老後の生活と密接不可分ものであり、高い関心がうかがわれるところです。

 ところが、若者世代をめぐる政策はどうでしょうか。近年では、若い世代の雇用政策や子育て環境の改善といったことが指摘されるようになってきてはいますが、それも経済政策や人口増加策の一環として位置づけられている限り、若者世代の当事者意識に結びついているとは言いがたいところがあります。そこには、若い世代が自分たちの置かれた現状を考え、自分たちは何を必要としているのか、自分たちで考え、意思表示できる場や機会がほとんどないという状況があります。それが、「政治そのものとの接点のなさ」をもたらしているわけです。


政治的中立性の
陥穽(かんせい)

 こうした現状をもたらしたもう一つの理由として、戦後日本の教育における政治的中立性の問題があります。戦後の教育体制は、戦前の教育勅語に象徴されるような、政治と教育との強い結びつきに対する反省の下に出発した経緯があり、文部省と教育委員会の強い指導の下、教育現場で政治を語ることには強い抑制が働いてきました。教育現場においては、政治的中立性ということが遵守されなければならず、憲法や政治のしくみを教えることはあっても、具体的な政治的争点について議論したり、活動したりすることは規制されてきたのが実情です。

 しかし、こうした意味での政治的中立性を維持することは、同時に政治教育(シティズンシップ)の不在をもたらしてきました。政治の意味・人権やデモクラシーの価値・政治道徳の意味を学ぶ、具体的な社会的諸問題を自分で考えて議論する、必要とされることに対して政治的活動を実践する、そうした政治教育は、少なくとも先進諸国では当たり前のことです。党派教育と政治教育は異なるのであって、政治的中立性の下に前者は回避されるべきであっても、後者は本来回避されるべきものではないはずなのです。ところが、政治教育に対しては根強いタブー意識が存在しており、それが今日の政治的無関心をもたらしている側面があります。

 しかもそうした状況は、若者たちの中に政治を語ることに対する奇異な眼差し、あるいは政治を語ることは危ないことだという空気感をもたらしているところがあります。自分は政治に対してそれなりに関心があるとしても、それを周囲の友人と語ろうとすると「何でそんな堅苦しい話をするの?」「危ない運動に関わってるの?」「政治に関わると就活に悪影響が出るんじゃないか」といった反応に直面し、何も言えなくなってしまうわけです。近しい関係から社会までを覆っているそうした同調圧力も、若者を政治から遠ざけている要因と言えるでしょう。




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関谷 昇

Profile

関谷 昇 [千葉大学 法政経学部 教授]

1971年生まれ。栃木県出身。1995年獨協大学法学部卒業。1997年千葉大学大学院社会科学研究科法学専攻修了、修士(法学)。2000年同大学院社会文化科学研究科日本研究専攻修了、博士(法学)。同大学法政経学部助教授、準教授等を経て、2016年より現職。。
専門分野は、政治思想史、政治学。研究テーマは、[思想研究]近代社会契約説、自治の思想、補完性原理、コミュニティ論。[社会的実践]市民自治、市民参加・協働のまちづくり。

ホームページ : http://www.noborusekiya.com/




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