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公共空間の変容

千葉大学 法政経学部 教授 関谷 昇

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ルールとは何か、政治とは何か 第3回


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前回のポイント

 前回は、ルールや政治をめぐって「他者」が排除されてしまうという問題を、境界線という点から考えてみました。自己と他者との間に境界線を引くということは、その区別に意味を持たせることによって、ある種の秩序を作り出そうとすることに外なりません。問題は、その境界線の引かれ方でした。

 境界線を引くということそれ自体が、すでに政治的な判断を含んでいると言えます。境界線を通じて作り出される秩序や制度の運用如何によっては、他者を排除することにもなれば、他者との共存を導くことにもなり得ると言えます。そうであるとすれば、この境界線が、誰によって、いかなる形で引かれるかということが決定的に重要な問題となります。

 そこで今回は、この境界線が「公」と「私」の間に引かれるということに焦点を合わせながら、境界線の引かれ方が問われる場である「公共空間」について、政治思想史的に考えてみたいと思います。

私的領域と公的領域

 西欧近代において確立された政治思想の特徴の一つは、公的領域と私的領域の厳格な区別にありますが、その特徴は、政治権力の行使されるべき領域を前者に限定されるということ、要するに政治権力が後者に介入することを認めないということにありました。近代社会契約説に象徴されるように、政治権力とは、個々人が自分たちの生命・自由・財産を保障してもらうということを目的として創造したものであり、その行使は設立目的から逸脱することは許されないという原則です。

 しかも、この公私二元論は、二つの領域を単に区別したというだけに留まらず、両者を媒介する領域とともに理解されてきた点が極めて重要です。この媒介する領域とは、国家の意志とそれを公式的に表した法によって構成される公的領域と、個人や家族といった私的領域との間にあるもの、つまり「市民社会(civil society)」と呼ばれる領域を指しています。それは、自発的結社のような中間団体が自立的に活動し得る領域であり、政治権力に回収されない自由の領域を意味しています。

 この「市民社会」という視点は、「個人」と「国家」が無媒介に対峙する図式を示したホッブスではなく、個々人が国家に回収されずに留まることができる領域、いわゆる市民の自由の砦を構想した17世紀のジョン・ロックによって思想的に導かれました。この場合の「市民」とは、「勤勉で理性的な個人」として考えられており、政治社会は、君主が独占するのではなく、この主体的な個々人によって担われるべきことが前面に押し出されています。

 また、この市民による政治を保障するために重視されたのが「法の支配」であり、ロックにとっての課題は、中世以来、イングランドを中心に継承されてきた身分制議会というものを、個人を出発点とする社会契約説によって論理的に組み換えることにありました。議会とは、市民の「信託(trust)」に基づくものであり、政治権力はその下に服さなければならないということが、いわゆる近代立憲主義として確立されたわけです。この場合の信託とは、市民社会の多数派の意志を意味しますが、その含意するところは、公衆の意志によって政治が作られるという原理に外なりません。媒介項としての市民社会が明確に位置づけられるからこそ、個人・家族が追求する私的利益が公的利益に接合され得ると考えられているのです。

市民社会の発展

 もっとも、ここで留意しておくべきは、私的領域の構成単位として、ロックが想定している自由で平等な個人は、あくまでも「家長」であったという点です。意外に思われるかもしれませんが、初期近代における市民社会の実質的な主体像は、政治社会の基礎を家族とする(古代から継承されてきた)家父長制が残存していました。ロック自身は、この家父長権力と政治権力とは明確に区別すべきであると主張していますが、市民社会の実質的な担い手は、未だ「家長」であることが想定されていました。ロックにおいては、公的領域を担い得る理性的な個人、言い換えれば、労働を通じて獲得したものをプロパティとして主張する個人、それが自由で平等な自然権を有する個人として法的に表現されていたのでした。したがって、そうした個人が家長から市民に移り変わっていくには、その後の歴史的展開を押さえておく必要があります。

 この公私区分における主体像が新たな展開を見せるのは、その後の18世紀ヨーロッパにおいて、市民社会で経済活動を繰り広げる個人(=市民)が本格的に活動していく過程を通じてでした。封建制に規定された社会的現実が商業社会へと進展を遂げていく中で、媒介項としての市民社会は、公共空間としてとらえられるようになっていくのです。

 この公共空間は、共感と信頼に支えられた新たなネットワーク社会を意味していました。このネットワーク社会に本格的な説明を与えたのが、デーヴィット・ヒュームやアダム・スミスらに代表される18世紀のスコットランド啓蒙学派です。ヒュームによれば、このネットワークとしての市民社会は、社会契約説のような合理的思考ではなく、欲求と必要に基づく社会的な関係性において長い時間をかけて出来上がった、非意図的な「暗黙の了解(convention)」からとらえられるものと理解されます。しかも重要なのは、理性よりも情念に眼が向けられている点であり、それらの相互の抑制と均衡という働きこそが、市民社会を成り立たせているということでした。快不快の情念は、それぞれの特定の制約条件や利害関係から離れた見地に立ち、静かな情念(calm passion)を通じて「共感(sympathy)」の能力によって感じるとき、人々の間に一致する評価が現れるというわけです。正義のような規範も、人々の「共感」に支えられて、はじめて効力を持つと考えられるようになったわけです。

 またスミスも、『道徳感情論』において、こうした共感理論について論じています。スミスには、人間の自然本性は「利己心」にあるものの、ただそれは、ホッブスのように利己心がもとで万人の万人に対する闘争状態に至るわけではないという見方があります。むしろ利己心は、神が人間を創造の際に、人間が幸福になるように与えたものであり、自分ばかりでなく他人をも触発して社会全体を活性化させるものだと言うのです。そのうえで、自己利益を追求する自分と他者とが相互に調和していくためには、「公平な観察者(impartial spectator)」を自らのうちに見出していく、つまり各自は、第三者の立場から物事を眺め、共感を通じて自分の活動の適合性が問われるということです。各自の利己的活動が他者の利己的活動と調和する状態は、勤勉・節約・賢慮といった徳を通じて、市民社会の人々の関係性の中で見出されると考えるのです。言い換えれば、私的領域における利己心は、さまざまな社会的関係性の網の目の中で発揮されることによって、公共精神と結びついていくわけです。

 さらに、私的領域と公的領域との接合という点で言えば、スミスは、人々の利己心に基づく自発性に導かれた自然な秩序形成という点を強調します。それは、公平な観察者に見合うような適合性に基づく自由競争によってこそ活性化します。各人の私的利益の追求は、「見えざる手」によって導かれ、結果的に公的利益を生み出すのであって、そのプロセスに政治権力はむやみに干渉することを避けなければならないということになります。その意味で市民社会は、自由の領域として歴史的に発展し、政治権力による合理的な秩序形成とは別に、市民が相互に働きかけ合いながら共有されるものとしてとらえられるようになったと言うことができます。




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関谷 昇

Profile

関谷 昇 [千葉大学 法政経学部 教授]

1971年生まれ。栃木県出身。1995年獨協大学法学部卒業。1997年千葉大学大学院社会科学研究科法学専攻修了、修士(法学)。2000年同大学院社会文化科学研究科日本研究専攻修了、博士(法学)。同大学法政経学部助教授等を経て、2016年より現職。
専門分野は、政治思想史、政治学。研究テーマは、[思想研究]近代社会契約説、自治の思想、補完性原理、コミュニティ論。[社会的実践]市民自治、市民参加・協働のまちづくり。

ホームページ : http://www.noborusekiya.com/




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