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身元調査をした上で
社員を解雇できるのか (2)
(採用募集、サインオンボーナス契約、身元調査、解雇)

国際企業法務協会労働法研究会 

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企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A(Case6)

「法務部スタッフ」を主人公として、その視点から語られる、今日的で複雑な労働問題の数々。会話文や主人公のモノローグなどを用いて事件は語られ、時間軸に沿って事態は展開していきます。法務部スタッフは外部弁護士のアドバイスを仰ぎながら、事例に即した「落としどころ」を見出していきます。
Case6 は、「身元調査をした上で社員を解雇できるのか(採用募集、サインオンボーナス契約、身元調査、解雇)」です。
(※この連載はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。)

 


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  Case6 身元調査をした上で社員を解雇できるのか (1)



Case6 身元調査をした上で社員を解雇できるのか(2)
    (採用募集、サインオンボーナス契約、身元調査、解雇)


【登場人物】
 朝見:株式会社モーリスアンドレイ(以下M&R)法務部チーフ
 小林:M&R 法務部長
 渡辺:M&R 代表取締役社長
 立木:M&R 人事部チーフ
 名児耶:M&R 人事部長
 山田:M&R 営業部長
 柳本弁護士:顧問弁護士


【経緯3】

無事に山田が営業部長としてM&Rに入社し、人事部長の名児耶は少し肩の荷が下りた。 ただ、社長の渡辺や経営企画室から今後5年間の採用計画を至急提出するよう言われていたため、休む暇もなく、採用計画の作成に取り掛かっていた。
その最中、名児耶は部下から山田についてのあるうわさを聞いた。
その内容とは、山田が前々職で勤めていた会社で、架空取引を行い、売上を水増ししていたというものだった。そして、それを理由に懲戒解雇になったというのだ。
また、それとは別に、以前自動車の運転中に人身事故を起こし、有罪判決を受けているといううわさも広がっていた。

うわさの出元は、山田が勤めていた丸の内アドエージェンシーに以前在籍し現在はM&Rで営業職に就いている者からと思われた。
社長にもその噂は伝わり、急遽、社長の渡辺と人事部長の名児耶、法務部長の小林の3名で、対応を協議することになった。
協議の中では、山田に直接確認すべきという意見もあったが、まずは興信所等を使って身辺調査を行うことになった。

【法務部としての検討事項3】

身元調査の違法性について

法務部長の小林から朝見に身辺調査を行う興信所を至急探すように指示があった。朝見は、そもそも身辺調査の違法性について気にしていた。
以前見た厚生労働省の資料には、採用選考時の身元調査や宗教・思想・本籍・出身地・家族に関する仕事とは直接関係のないことを面接で質問しないよう、企業に強く求めていた。
山田は既に入社済みの社員であるが、その者への身辺調査は問題がないか、また身辺調査を入社前に行うことの法的な問題について弁護士の柳本先生に質問を投げかけた。


【弁護士の視点3】

Ⅰ 入社前の身辺調査

企業が採用過程において労働者の採否を決定するため、一定の範囲で応募者の能力や従業員としての適格性について調査する必要性が生じるが、この調査がどこまで認められるかが問題となる。
三菱樹脂事件判決(最判昭和48・12・12民集27巻11号1536頁)は、思想・信条を理由とする採用拒否が違法でない以上、採用の決定にあたり、必要な思想・信条を調査し、そのために関連事項について申告を求めることも原則として違法ではないとして、採用の自由の一環として調査の自由をも幅広く認める立場をとっている。

しかし、現在は、上記最高裁判決当時には必ずしも意識されていなかったプライバシー保護や個人情報の重要性が浸透し、法的に保護される現況になっており、その侵害について損害賠償を認めた裁判例もある(採用前の段階でB型肝炎ウィルス感染やHIV感染についての情報を取得するための調査を行ってはならず、調査の必要性が存する場合でも、本人に対し、目的・必要性を告知し、同意を得た場合でなければ、かかる情報を取得することはできないとして、検査によるプライバシー侵害を認めて損害賠償を認めた裁判例など。東京地判平成15・6・20労判854号5頁、東京地判平成15・5・28労判852号11頁等)。

人がその良心に反して思想・信条を告白することを強制されないことは「内心の自由」として憲法上保障されている(憲法19条)から、採用に際して思想・信条に関連する事項の申告を求めることは、内心の自由が構成する公序(民法90条)に反して許されず、それを理由とする採用拒否も公序違反を構成すると考えられる。採用の自由もこのような制約に服するものとして、労働者の個人情報やプライバシーに及ぶ事項(前科・婚姻歴、団体への所属等)に関する質問・申告要求は、プライバシー侵害の違法行為として不法行為となりうることに留意する必要がある。

現在、厚生労働省は、企業に対し、労働者の個人情報に対する様々な配慮を求めている(具体的には「厚生労働分野における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン等」参照)。
また、同省は、応募者の基本的人権を尊重した公正な採用選考が実施されるようにするため、「採用選考自主点検資料~公正な採用選考を行うために~」を公表し、採用選考時の身元調査や合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断は行わないようにすること、思想、宗教など本来自由であるべき事項や、本籍、出身地、家族に関してなど本人に責任のない事項については、調査しないようにすることが公正な採用選考のために重要であることを示している。これらの行政指針等は、法律上の直接の規制ではないが、紛争を予防し、公正な採用を行うために、尊重されるべきとされている。これらについて配慮した対応が必要である。

2 入社後の身辺調査

当該従業員の業務で、不正が疑われる取引に関与している可能性があるなどの兆候が認められる場合には、企業の秩序維持の観点から、相当な範囲・方法で身辺調査を行うことは当然に許される。
うわさに関わる事項が、当該従業員が就労している職務を遂行する上で極めて不適切と判断されるような事情がある(金融機関であるとか、金融機関でない会社の場合でも、経理・財務担当等の職務を担当している場合、主として運転に従事する職務の者が過去に人身事故で有罪判決を受けていたこと等)場合も、企業秩序維持の観点から、身辺調査が許されよう。
問題はそのような事情や疑義が生じていない場合である。

この点、入社後であっても、思想・信条に関連する事項を本人の意思に真摯な同意に基づかずに申告させ、あるいは調査すること、労働者の個人情報やプライバシーを侵害することが違法となることは、1の場合と基本的に同様ではないかとも考えられる。
しかしながら、採用段階と異なり、就労契約を締結した以上、従業員は企業秩序維持に服する関係にあり、異なる考え方もできるように思われる。判例・裁判例でも、経歴詐称が労働力の評価を誤らせ、労使の信頼関係や賃金体系・人事管理を混乱させる危険があることから、実害の発生を問わず企業秩序維持違反となると解している(炭研精工事件・最判平成3・9・9労判615号16頁)。このような判例・裁判例の枠組みを前提とすると、経歴詐称の疑義が生じた場合、その疑義を確認・解消するために、相当な範囲・相当な方法で調査を行うことは、労使の信頼関係の維持、賃金体系・人事管理の適正な遂行ひいては企業秩序維持の観点からも許されると解すべきではなかろうか。
なお、興信所等を使った身辺調査は、違法な調査方法が行われる可能性が皆無とはいえず、依頼の際に個人情報、プライバシー侵害等に及ばないように留意するよう伝えておくことも必要である。

 


【経緯4】

M&Rは、弁護士の柳本先生からのアドバイスを十分考慮し、興信所に対し、個人情報やプライバシーを侵害しないこと、また調査において違法な手段を用いらないことを誓約させた上で、身元調査を行った。
その結果、うわさどおり、営業部長の山田は過去に、架空取引による懲戒解雇処分を受けていたことと、人身事故を起こし有罪判決を受けていたことがわかった。

この報告を受けたM&R社長の渡辺は、山田を解雇すべきだと主張した。前科がある者を営業部長という要職に就かせておくこと自体、会社の品位に係わる問題であり、社長として、そのような社員を信頼することができないと人事部長の名児耶と法務部長の小林に伝えた。

人事部長の名児耶は、山田をやっとの思いでM&Rに入社させ、多額のサインオンボーナスも払っていることから、解雇をためらったが、突きつけられた現実を見れば、解雇もやむなしという考えに至った。
名児耶は、山田が入社時に提出した経歴書を小林に見せ、経歴書の賞罰の欄に何も記載がされてないことから、経歴詐称として解雇しようと提案してきた。
M&Rの就業規則には、実際に以下のような記載があった。

第60条(懲戒解雇)

1. 1.  従業員は、次の各号一に該当したときは懲戒解雇の処分を受けるものとする。

⑤ 従業員が雇用関連書類において虚偽の情報を提供し、それが雇用の決定において重要な判断材料となっていたとき。



よって、名児耶は、経歴詐称は就業規則の解雇事由に該当するため、解雇には正当性があると主張した。


【法務部としての検討事項 4】

入社後に犯罪歴が把握した場合の解雇の正当性

しかし、法務部長の小林は山田の解雇に否定的だった。
そもそも過去の他社での懲戒解雇や前科を理由に、M&Rは山田を解雇することはできるのか。また、経歴書の賞罰の欄に、過去の他社での懲戒解雇や前科を記載しないことが、経歴詐称になり、就業規則の解雇事由に該当するのかが疑問だった。

また、法務部長の小林は、過去の経験から、社員を解雇する際、決まっていつもトラブルになっていた。解雇された者には、解雇後に、賃金仮払いの仮処分の申し立てをする者、地位確認請求を行う者、労働審判をおこす者など、解雇に納得する人の方が圧倒的に少ない。よって、今回の山田の解雇についても、消極的にならざるを得なかった。
小林は、上記の事情を説明し、山田を解雇することについて、顧問弁護士の柳本先生に意見を仰いだ。


【弁護士の視点4】

労働者の経歴は、会社の人事管理における重要な判断要素であり、かつ、職務の適正性にも重要な影響を与える事由であるため、それを詐称する行為は、重大な非違行為と考えられている。
判例・裁判例も、経歴詐称が労働力の評価を誤らせ、労使の信頼関係や賃金体系・人事管理を混乱させる危険があることから、実害の発生を問わず企業秩序維持違反となると解し、懲戒事由に該当することを認めている(炭研精工事件・最判平成3・9・9労判615号16頁は、労働力評価に直接関係する事項のみならず、企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は信義則上真実を告知すべき義務を負うというべきであると判示している)。

 犯罪歴については、履歴書中に「賞罰」に関する欄がある限り、同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないと解する裁判例(マルヤタクシー事件・仙台地判昭和60・9・19労判459号40頁)があり(なお、「罰」とは確定した有罪判決、いわゆる前科を意味し、起訴猶予事案等のいわゆる前歴の記載は、使用者側から格別の言及がない限り、記載すべき義務はないとされている)。

本件で、履歴書中に「賞罰」の欄があるのに、自動車運転過失致傷罪の前科を記載しておらず、就業規則に懲戒解雇事由として「経歴詐称」の定めがあれば、法的に解雇することは可能と考えられる。ただし懲戒解雇は懲戒処分の極刑であることを考えると、懲戒が認められるのは相当慎重に考えておくべきであろう。詐称の内容は職種に則して具体的に判断されるため、自動車運転過失致傷罪の前科を記載していないことが営業部長職にとって重要だと判断される場合に限り、懲戒できると考えておくべきと考えられる。


【結末】

翌朝、出社した朝見は、上司である小林のデスクを訪れた。

朝見 「柳本先生のご回答、ご覧になりましたか」
小林 「ああ。確かに、自動車運転過失致傷罪の前科を記載していないことは充分解雇事由として考えられると思う。ただし、解雇はいつも一筋縄ではいかないからね。不安は少し残る。とはいえ、社長も人事部も山田を解雇する以外の選択肢は毛頭ないようだから、覚悟を決めるさ」
朝見 「そうですね。とはいえ、人事部長の名児耶さんも、自分が推した営業部長が2人続けて短期間で辞めてしまったわけですよね。ご自身の責任を問われる不安もあるのでは…」

そう口にした朝見を小林が静か制し、社長室のほうを見やる。そこには、社長に呼ばれた名児耶が、今まさに足取り重くドアを開けようとする姿があった。 (了)



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 編集/八島心平(BIZLAW)




 この連載記事を読む
  企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A


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遠藤 元一 [東京霞ヶ関法律事務所 弁護士]

東京大学法学部卒。立教大学法科大学院講師、一般社団法人GBL研究所理事、「優れた第三者委員会報告書表彰委員会」委員。執筆として『循環取引の実務対応』(民事法研究会 2012年)、『倒産と担保・保証』(共著 商事法務 2014年)、「排除的管轄合意を無効としたアップル・島野訴訟中間判決」NBL1073号等。


青木 智子 [東京霞ヶ関法律事務所 弁護士]

早稲田大学法学部卒。通常企業法務の他、企業側の立場で、労働問題、コンプライアンス問題等も取り扱う。第二東京弁護士会 子どもの権利に関する委員会に所属し、子どもに関するいじめ事件、虐待事件等の対応も行っている。上場会社の監査等委員(現任)。

国際企業法務協会労働法研究会

国際企業法務協会」 International Corporate Counsels Association = INCAは、1988年に発足し、25年以上に亘り活発に活動している組織です。多数の企業法務部および個人が加入し、専門家の定期講演会、会員間の研修会、法分野ごとに研究会などを開催し意見・情報交換・懇親等を行っています。本連載の執筆陣である国際企業法務協会 労働法研究会は2012年8月に開講し、事例研究を行っています。




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