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身元調査をした上で
社員を解雇できるのか (1)
(採用募集、サインオンボーナス契約、身元調査、解雇)

国際企業法務協会労働法研究会 

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企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A(Case6)

「法務部スタッフ」を主人公として、その視点から語られる、今日的で複雑な労働問題の数々。会話文や主人公のモノローグなどを用いて事件は語られ、時間軸に沿って事態は展開していきます。法務部スタッフは外部弁護士のアドバイスを仰ぎながら、事例に即した「落としどころ」を見出していきます。
Case6 は、「身元調査をした上で社員を解雇できるのか(採用募集、サインオンボーナス契約、身元調査、解雇)」です。
(※この連載はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。)

 


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Case6 身元調査をした上で社員を解雇できるのか(1)
    (採用募集、サインオンボーナス契約、身元調査、解雇)


【登場人物】
 朝見:株式会社モーリスアンドレイ(以下M&R)法務部チーフ
 小林:M&R 法務部長
 渡辺:M&R 代表取締役社長
 立木:M&R 人事部チーフ
 名児耶:M&R 人事部長
 山田:M&R 営業部長
 柳本弁護士:顧問弁護士


【経緯1】

株式会社モーリスアンドレイは、アメリカに本社を置くMorris & Ray Inc.の日本法人である。Morris & Ray Inc.は広告代理店においては世界第3位の売上規模を誇る大手であるが、5年前の日本進出後、現在に至るまで、日本では苦汁をなめる状況が続いており、売上アップが喫緊の課題となっている。
また、人材不足という課題もあり、それが、売上が伸びない大きな原因にもなっていた。

人材不足の克服に向け、M&R人事部長の名児耶とチーフの立木は、何らかの対応を迫られていた。
その中で出てきたのが、社員紹介制度の新設であった。
社員紹介制度とは、M&Rの社員が、知人友人などM&Rに入社したいという意思を持つ者を会社に紹介し、その者の採用に至った場合、紹介した社員に対して紹介料として一定金額を支給するというものだ。
名児耶と立木の案では、採用者1人につき30万円を支払うことにした。

社員紹介制度の制度設計を担当していた人事の立木から、相談を受けた法務部チーフの朝見は疑問を感じた。
「そういえば、職業安定法は、社員の紹介の対価として報酬を渡すことを禁止していたような……」


【法務部としての検討事項 1】

社員紹介制度は有効か。法的な問題点はないか。

早速、朝見は六法を開いて、職業安定法を確認した。

職業安定法 第36条・第40条

(委託募集)
第36条  労働者を雇用しようとする者が、その被用者以外の者をして報酬を与えて労働者の募集に従事させようとするときは、厚生労働大臣の許可を受けなければならない。
2  前項の報酬の額については、あらかじめ、厚生労働大臣の認可を受けなければならない。
3  労働者を雇用しようとする者が、その被用者以外の者をして報酬を与えることなく労働者の募集に従事させようとするときは、その旨を厚生労働大臣に届け出なければならない。

(報酬の供与の禁止)
第40条  労働者の募集を行う者は、その被用者で当該労働者の募集に従事するもの又は募集受託者に対し、賃金、給料その他これらに準ずるものを支払う場合又は第36条第2項の認可に係る報酬を与える場合を除き、報酬を与えてはならない。


やはり、第40条は、労働者の募集を行う者に対して報酬を与えることを禁止している。 ただ、他の会社においても、社員紹介制度を導入しているということを聞いたこともある。
早速、朝見は、顧問弁護士である柳本先生にどのように職業安定法第40条を解釈し、社員紹介制度を導入したらいいのかメールで問い合わせた。


【弁護士の視点:柳本先生のメール 1】

職業安定法(以下「職安法」という)40条は、労働者の募集に従事する従業員に対して報酬を与えることを原則として禁止している。
「労働者の募集」とは、「労働者を雇用しようとする者が、自ら又は他人に委託して、労働者となろうとする者に対し、その被用者となることを勧誘すること」をいい(職業安定法4条5項)、社員紹介は「労働者の募集」に該当する。したがって、社員紹介制度を採用することは、会社の業務として「社員に労働者の募集」をさせていると認定され、採用者を紹介した社員に給与とは別に紹介料を支払うことは職安法40条の規定に触れる可能性は否定できないように考えられる。同条違反は6月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されるため(職安法65条6号)、留意が必要である。

もっとも、職安法40条は「賃金、給料その他これらに準ずるものを支払う場合」を除くと規定しているため、この除外部分に相当する、就業規則等における表彰制度や賃金規程として当該紹介制度に基づく一定の手当であると明確に規定し、賃金・給料として金銭が支払われる制度とすることで同条違反とされるリスクを回避することも可能と考えられる。

具体的には、

①就業規則等における表彰制度や賃金規程として当該紹介制度に基づく一定の手当であると明確に規定する(税務上も、紹介手数料を給与とし、会社は損金算入、社員には所得税課税する)
②賃金・給料として、支給範囲、支給額等を明確にしておく
③過度に高額な紹介報酬となることは避けること

等に留意する必要がある。


【経緯 2】

弁護士の柳本先生に社員紹介制度の適法性を確認できたこともあり、無事に社員紹介制度の導入に至ることができた。これにより、多少の人材は採用できたものの、多くは一般社員の採用ばかりで、管理職やエグゼクティブ層の採用には至らなかった。人事部の名児耶や立木は、社員紹介制度による採用増を期待していただけに、予想を大きく下回る結果に落胆していた。

その最中、M&Rの営業の要である営業部長が、同業他社に引き抜かれ、M&Rを辞めることになった。それに激怒したM&Rの代表取締役社長である渡辺は、名児耶を社長室に呼び出した。
というのも、この営業部長は、名児耶が自信をもって採用した人材だった。社長の渡辺は当初この採用に消極的だったものの、名児耶の強い説得によって、最終的に採用を決定した。
そのような経緯があったため、渡辺の怒りは無理もなかった。
名児耶もまさか入社からたった3ヶ月ほどで退職するとは予想もしていなかったため、自身の責任を感じていた。

この状況に焦りを感じた名児耶は、取引のある人材紹介エージェントやヘッドハンティング会社に自ら積極的に連絡をとり、M&Rに優先的に候補者を紹介してもらえるよう働き掛けていた。

その甲斐もあって、懇意にしているヘッドハンティング会社からすぐに候補者の紹介を受けることができた。紹介された人物は、同業他社の丸の内アドエージェンシーで営業責任者を務める山田という者だった。

売上アップが最重要課題であるM&Rにとって、営業部長のポストが空白という事態は、一日も早く打開しなければならなかった。

人事部長の名児耶は、山田の給与条件を考えていた。
その結果、山田には、現在の年収の1.5倍にあたる年俸に加え、自身の成果と会社の業績に連動して支払われる「成果・業績インセンティブ」を約束し、更に「サインオンボーナス」としては異例の500万円を支払う案を考えた。

「サインオンボーナス」とは、エグゼクティブの人材を獲得したいときに、入社書類にサインをしてもらう見返りに、年俸や成果・業績インセンティブとは別に、高額なボーナスを支払うというものだ。特に外資系企業で多く採用されている方式だ。

名児耶は、M&Rが山田にこの高額なサインオンボーナスを支払ったとしても、山田の入社後には、必ず売上アップが見込め、十分なリターンがあると考えた。そして、名児耶は社長の渡辺を説得し、500万円のサインオンボーナスを含んだ高待遇の条件を山田に提示した。
しかし、そのような好条件の提示にもかかわらず、山田はその内容に首をたてに振らず、金額の上積みを要求してきた。
結局、500万円から更に100万円を積み足し、600万円のサインオンボーナスの提示をし、山田の入社にこぎつけた。

法務部の朝見は、サインオンボーナスに関する覚書の作成を人事部から頼まれ、人事の立木と一緒に以下の覚書を作成した。


覚 書

モーリスアンドレイ株式会社 (以下「甲」という。)と山田(以下「乙」という。)とは、以下の内容について合意する。

1. 支給内容

(1)甲は乙に、サインオンボーナスとして600万円を本覚書の条件に従い支給する。

(2)サインオンボーナスの支給方法は、以下のとおりとする。

  1. 入社月の月末営業日に、本条第1項の金額の半額を乙の指定する銀行口座へ振り込む方法により支払うものとする。
  2. 残りの半額の支給日は、乙の試用期間(6ヵ月)終了後、本採用日を含む月の月末営業日とし、乙の指定する銀行口座へ振込みにより支払うものとする。
  3. 本条に基づくサインオンボーナスの支給は、支給日に乙が甲に在籍し、かつ当該支給日において退職の届出(口頭または電子メール等による乙から甲への退職の意思表示を含む。)を行なっていないことを条件とする。

(3)乙が、甲における雇用開始日から2年以内に退職または解雇となった場合には、以下の計算式によりサインオンボーナスの金額は変更されるものとする(以下「変更後サインオンボーナス」という。)。前述の場合、既に甲が乙に対し、以下の計算式により算出された額より超過した金額を支払っている場合には、乙は甲に対し、甲が指定する期日までに、超過して支払った金額を返戻する義務を負う。

変更後サインオンボーナス=(本条第1項の金額÷24)×退職または解雇となるまでの在職月数

本覚書の成立を証するため、本書2通を作成し甲乙記名捺印の上、各1通を保有する。



【法務部としての検討事項 2】

サインオンボーナスにおける返還規定は有効か。

覚書を作成した後、朝見は第1条第3項の返金規定について、労働基準法第16条に違反しているような気がしたので、さっそく六法を開いてみた。やはり労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金や損害賠償額の予定をする契約を禁じおり、また労働基準法第5条では強制労働を禁止している。
念のため、顧問弁護士の柳本先生に、第1条第3項の適法性について、問い合わせた。


(賠償予定の禁止)
第16条  
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。


【弁護士の視点:柳本先生のメール 2】

サインオンボーナス(サイニングボーナス)は、勤労意欲を促すこと等を目的として、入社時に支払われる契約締結金である。会社としては、サインオンボーナスを支払う以上、一定の期間継続して就労してもらうことを期待し、なるべくその確実性を担保したいと考え、一定期間経過前に自らの意思で退職するときは、サインオンボーナス全額を返還する旨を合意した上で支払うとの約定(以下「給付金返還規定」という)を定めることが多い。

しかし、当該給付金返還規定が違約金の定め・損害賠償の予定を禁止した労基法16条と、強制労働を禁止した同5条との関係で有効性が問題とされる。
労働者が一定期間以上勤務しなかった場合に使用者が支給していたものを返還するよう求めることが労基法16条に違反するか。この点が争われた裁判例は、次の①、②の場合である。

① 労働者の研修・留学等で実際にかかった費用を使用者が負担した部分の返還を求めるケース
② 負担された実費ではなく、賃金・契約金等使用者が労働者に支給した金銭の返還を求めるケース

①については研修・留学等について業務性が認められるか否かが特に重視され、業務性が薄く個人の利益性が強い場合には、本来労働者が負担すべき費用を労働契約とは別個の消費貸借契約で使用者に貸付けしたものであり、労働契約の不履行についての違約金の定めや損害賠償の予定(労基法16条)には当たらないとされる傾向にある。

これに対し、②については、実質的に賃金にあたるような給付が返還を求められたケースでは、労基法16条違反にあたるとされる裁判例が見られるが(徳島健康生活協同組合事件・高松高判平成15・3・14労判849号90頁等)、入社時に支給された契約金については、消費貸借契約(返済債務免除特約付)に基づくものであり、返済しなければ退職を認めないというものでもないから、労基法16条違反にはあたらないとする裁判例(串きゅう事件・東京高判昭和48・11・21判時726号99頁、大阪地判平成21・9・3労判994号41頁、大阪高範平成22・4・22労判1008号15頁) と、退職阻止の足かせをはめることを目的としたもので公序良俗に反するとするもの(日本ポラロイド事件・東京地判平成15・3・31労判849号75頁、東京地判平成26・8・14判時2252号66頁)とがある。

また、このような返還合意が、サインオンボーナスの態様、返還を定める約定の内容に照らして、従業員の意思に反して労働を強制することになる不当な拘束手段と評価され、労基法5条が規定する強制労働の禁止にも違反するとされる可能性もある(前掲東京地判平成15・3・31がある)。労基法16条、5条違反としてサインオンボーナスの返還に関する合意が無効とされると、支払済みのサインオンボーナスの返還を求めることは法的には困難となる。

このようなリスクを回避するためには、返還規定を定めることを避けることが望ましく、観点を変えて、サインオンボーナスの支給の仕方を分割支払としておくことで対処することが有用ではないかと思われる。また、支給日における在職要件ついて明文がなかったとしても、在職要件の慣行も不合理とはいえないとする判例(京都新聞社事件・最判昭和60・11・28労判469号6頁)があるが、支給日には在職していることを要する旨、明文の規定を定めておけば、途中で退職した場合に、退職者からの残額支払請求に対して支払を免除される可能性の高い制度とすることが可能となるように考えられる。

法務部の朝見と人事の立木は、弁護士の柳本先生からの回答をもとに、再度覚書の検討を行い、分割支払の規定を変更した。
従来の規定は、入社月と試用期間(6か月)経過後の2回の分割支払となっていたが、変更後の案は、支払のタイミングを以下の①~④のように4回の分割支払とした。

 ①入社月
 ②試用期間(6か月)経過後
 ③入社から1年後
 ④入社から2年後

程なくして無事に山田が営業部長としてM&Rに入社し、朝見と人事の立木、そして人事部長の名児耶はほっと胸を撫で下ろした。

しかし新たな採用計画を立てている最中、当の山田についてあるうわさが流れるようになったのである。



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「企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A(Case6)」、続く(2)では、営業部長として入社した山田についてのあるうわさについて、朝見はその対応に頭を悩ませます。
従業員の身辺調査に関する法的な問題点は?またその調査結果に対する企業側の対応は?次回の更新をご期待ください。




 編集/八島心平(BIZLAW)




 この連載記事を読む
  企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A


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遠藤 元一 [東京霞ヶ関法律事務所 弁護士]

東京大学法学部卒。立教大学法科大学院講師、一般社団法人GBL研究所理事、「優れた第三者委員会報告書表彰委員会」委員。執筆として『循環取引の実務対応』(民事法研究会 2012年)、『倒産と担保・保証』(共著 商事法務 2014年)、「排除的管轄合意を無効としたアップル・島野訴訟中間判決」NBL1073号等。


青木 智子 [東京霞ヶ関法律事務所 弁護士]

早稲田大学法学部卒。通常企業法務の他、企業側の立場で、労働問題、コンプライアンス問題等も取り扱う。第二東京弁護士会 子どもの権利に関する委員会に所属し、子どもに関するいじめ事件、虐待事件等の対応も行っている。上場会社の監査等委員(現任)。

国際企業法務協会労働法研究会

国際企業法務協会」 International Corporate Counsels Association = INCAは、1988年に発足し、25年以上に亘り活発に活動している組織です。多数の企業法務部および個人が加入し、専門家の定期講演会、会員間の研修会、法分野ごとに研究会などを開催し意見・情報交換・懇親等を行っています。本連載の執筆陣である国際企業法務協会 労働法研究会は2012年8月に開講し、事例研究を行っています。




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