MENU
BIZLAW BIZLAW
Powerd by LexisNexis®
BIZLAW
BIZLAW Powerd by LexisNexis®

RSS
Google+
Twitter
Facebook
HOME

ソフトウェア会社を退職した社員による
職務発明(営業秘密)の流出(1)

国際企業法務協会労働法研究会 

serial_incalabor_main01

企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A(Case5)

「法務部スタッフ」を主人公として、その視点から語られる、今日的で複雑な労働問題の数々。会話文や主人公のモノローグなどを用いて事件は語られ、時間軸に沿って事態は展開していきます。法務部スタッフは外部弁護士のアドバイスを仰ぎながら、事例に即した「落としどころ」を見出していきます。
Case5 は、「ソフトウェア会社を退職した社員による職務発明(営業秘密)の流出」です。
(※この連載はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。)

 


 関連記事
  Case1 物流企業における従業員の事故についての企業側の対応 (1) (2) (3)
  Case2 パワハラによるうつ病により休業した契約社員に対する企業側の雇い止め対応 (1) (2)
  Case3 労働委員会によるあっせん手続きを申し立てられた際の企業側の対応 (1) (2)
  Case4 マタハラに関わる諸問題への企業側対応 (1) (2) (3)



Case5 ソフトウェア会社を退職した社員による職務発明(営業秘密)の流出(1)

【登場人物】
 日水弘樹:プロキシマ株式会社 法務部チーフ
 美津島良平:クラウドエレクトロニクス株式会社取締役(元プロキシマ株式会社 開発部長)
 ケイス・ヘイワーズ:プロキシマ株式会社 取締役
 井上洋一郎:プロキシマ株式会社 人事部長
 榊弁護士:プロキシマ株式会社顧問弁護士

【経緯1】

ケイス:「そもそも、クラウドエレクトロニクス取締役の美津島ってうちの開発部長だった美津島良平さんだよね? どうしここまで事態を放置していたのか……」


 会議室に重い空気が立ち込める。

 緊急招集されたミーティングでは、取締役のケイスがため息をついた。日本に帰化して十数年を経た彼の日本語は、流暢を通り越して日本人よりも滑らかで丁寧だ。ため息ひとつとっても、それは日々、日水が契約書を前についている吐息と大差なかった。

 プロキシマ株式会社は、10年ほど前に設立された国内のソフトウェア企業。主たる基幹業務は国内市場に向けたソフトウェアプロダクツの独自開発・販売だ。

 2016年3月、1Qも終わりに差し掛かるころ、クラウドエレクトロニクス社から特許侵害の差止請求に関する警告状が送られてきた。


平成28年3月11日


差止請求書


東京都港区東港1-1-1
プロキシマ株式会社
代表取締役 アラン・フェルディナンド 殿


 貴社が製造販売しておりますソフトウェアパッケージ「Proxima Type」の一部に、当社の保有するデータ圧縮技術にかかる特許(特許第12345678号)が無断で使用されており、当社の特許権および財産権を侵害していることが調査により判明しました。当社は、貴社に対して上記特許の侵害となる技術の使用中止、および、既に市場に出回った貴社製品の回収を請求いたします。
 つきましては、本書到達より2週間以内に、事実関係を調査のうえ、上記請求に対して回答くださいますようお願いいたします。なお、上記期限内に貴社から誠意ある回答がない場合は、特許権侵害訴訟となりますのでご了承ください。

東京都中央区西中央1-2-1
クラウドエレクトロニクス株式会社
代表取締役 ****

   

 クラウドエレクトロニクス社は、2年ほど前に立ち上げられたベンチャー企業であり、立ち上げ以降、急速にシェアを拡大している成長企業である。しかし、その顧客層は奇妙なほどプロキシマ社のものと重複しており、同社の立ち上げ以降、プロキシマ社の営業部隊は苦戦を強いられてきた。

 そこに加えて今回の警告状である。
 警告状には、プロキシマ社のソフトウェア製品には、クラウドエレクトロニクス社が特許を取得したデータ圧縮技術に酷似するプログラムが用いられており、今後同製品の販売を行うようであれば差止請求を行う旨が記載されていた。もともとそのデータ圧縮技術はプロキシマ社が国内市場開拓に合わせて開発したものであり、法人として特許は未取得だった。

 慌ててクラウドエレクトロニクス社の内部構成を調査したところ、どうやら取締役である美津島良平は、プロキシマ社の開発部部長を務めていた人物と同一らしいことが判明した。


井上:「そして、これが今朝方みなさんにお送りした文書ですが」


 井上がスクリーンに投影したPDFには、何十ページにも渡る名簿が連ねられている。同ファイルの出力紙は早朝に会議出席者へ極秘裏に配られ、Confidentialのウォーターマークが色濃くページ中央に記載されていた。

 1件ずつ名簿を洗っていくと、その実に9割が、プロキシマ社のセールス部が内規文書として保管している顧客リストと同一のものだった。
 ファイルの送付者名には「元クラウドエレクトロニクス社営業部員」とのみ記載されており、アドレスはワンタイム生成によるフリーメールに加え、送信ドメインも複数のプロキシを通しているため、元を辿ることは困難だった。


井上:「営業部に、あくまで「現状の顧客リストの状況確認」という建付けで確認してもらったところ、確かにこの顧客リストはうちが保管しいているリストとほぼ同一のものであることが分かりました。ただし、その差分が美津島退職時から現在にいたるまで補完されていることから、おそらく美津島以外の何物かがこの顧客リストを不正持ち出ししたのだと思います」

ケイス:「その対象候補者は特定できそう?」

井上:「なにぶん、出入りの激しい時期でしたから……特にセールス部隊は契約スタッフ含め多くの退職者が相次いでいます。そのすべてを洗い出し、美津島との接点を探るのは時間が必要です」

ケイス:「なるほど。つまり、想定できることは次の2点だ。
 1つ、クラウドエレクトロニクス社が特許を受けたデータ圧縮技術は、もともとうちが開発したものだった。その特許が未取得であることに着目した美津島が退職時に同技術を持ち出し、クラウドエレクトロニクス社に入社後、特許を取得した。
 2つ、その技術の販売先として、おそらく美津島からの指示を受け、営業部所管の名簿を不正に持ち出し、クラウドエレクトロニクス社に流出させた者がいる。日水君」


 ケイスは、入口近くの席に座っていた法務部チーフの日水弘樹を呼ぶ。眉間のしわを指先でもみながら、鋭い視線を投げた。


ケイス:「この事案について、まずは問題点と法規制を洗い出せるかな。そのうえで社としての対応を考えよう。井上さんは、美津島の退社に関して有効となるような就業規則の有無を確認してください。たとえば退社時の守秘義務について。就業規則内の競業避止義務・守秘義務の内容や、秘密保持手当が美津島に適用されていたかどうか、とかね」

日水:「分かりました。開発部、営業部には?」

ケイス:「法的な洗い出しが終わった段階で招集しよう。それまでこの件には箝口令を敷きます。それと、今更の話になってしまうんだけど。知財セクションを作るのが遅すぎたなあ。美津島が辞める前に作っていれば、こんなことにはならなかった。もちろんあえて出願せずノウハウを守るという戦略的判断もあるだろうけれど、モノはソフトウェア特許だ。そして、うちみたいな中小ベンチャーにとっては特許の権利化が自社を守る最大の手段の1つなんだから」

井上:「それについては私も同感です。ちょうど知財スタッフの採用を始めたタイミングで、こんな事態になるとは……」


 井上の言葉を遮るようにして立ち上がり、ケイスは会議室を後にする。
 残された井上と日水は、言葉もなく顔を見合わせた。


***


 既に時刻は18:00を回っている。
 デスクに戻る途中、日水は社食で簡単な軽食を摂った。残業が長引きそうなときには、前もって胃にエネルギーを入れておくのが日水のポリシーだ。
 もちろん、ゆっくり食事を味わうことはなく、サンドイッチを頬張りながらも、頭はケイスが口にした2つのポイントを時系列に沿って整理することでいっぱいだった。

 席に座ってラップトップを開くと、日水は頭の中にメモした内容を記載していった。


【法務部としての問題点と法規制の洗出し】

 時系列に沿った事案の問題点と、関連規制は何か?日水は次のように整理してみた。

アクション1:営業秘密の流出

行動主体:美津島良平(プロキシマ社開発部部長)

内容:プロキシマ社開発部部長たる美津島良平が、特許未取得であった同社のデータ圧縮技術を退社時に持ち出し、特許を取得した可能性がある。

ポイント1:職務発明および特許の冒認について
美津島の特許取得は冒認出願(特許法第49条第7号)ではないか?プロキシマ社在籍時に開発した技術が職務発明(改正前特許法第35条)である以上、その権利はプロキシマ社に帰属し美津島の出願は冒認出願の可能性がある。もし冒認である場合、平成24年4月1日施行の改正特許法「冒認出願に関する救済措置の整備(改正特許法74条1項)」により、特許の移転申請が検討できる。

ポイント2:営業秘密の漏洩
特許法の問題を離れても、データ圧縮技術というプロキシマ社の営業秘密を違法に持ち出し、クラウドエレクトロ二クス社に持ち込んだ行為は営業秘密の漏洩に当たるのではないか?

関連法規制:特許法35条(職務発明)、49条7号(冒認出願)、特許法74条1項(冒認出願に関する救済措置の整備)、不正競争防止法2条6項(不正競争防止法における営業秘密)、(差止め)、(損害賠償)、21条1項6号(営業秘密を開示された者の背信的行為)、21条1項7号(転得者による使用)

アクション2:顧客情報の不正取得の謀議

行動主体:美津島良平、営業秘密の持ち出し者A

内容:美津島良平が、プロキシマ社営業部スタッフと共謀し、同社の顧客情報を入手してクラウドエレクトロニクス社に提供する計画を行った可能性がある。

ポイント:秘密管理要件の確認について
仮に営業部内での顧客リストが誰でもアクセス可能な状態にあったとすれば、それは「秘密管理性」「有用性」「非公知性」(不正競争防止法第2条6項)を満たしていない。営業部内での顧客リスト管理運用状況を再確認する必要がある。不正競争防止法上の定義を満たしていれば、美津島およびAの行為は不正アクセス禁止法の停職行為に該当するのではないか。

関連法規制:不正競争防止法第2条6項(不正競争防止法における営業秘密の定義)

アクション3:顧客情報の不正取得

行動主体:営業秘密の持ち出し者A(プロキシマ社営業部スタッフ)

内容:クラウドエレクトロニクス社に提供する目的で、Aはプロキシマ社の顧客リストを入手。その後同社を退社し、クラウドエレクトロニクス社へリストを提供。

関連法規制:不正競争防止法第2条1項4号、7号(営業秘密にかかる不正競争行為)、刑法第235条(窃盗罪)特別背任

アクション4:不正に取得した顧客情報による営業活動

行動主体:美津島良平(クラウドエレクトロニクス株式会社代表取締役)岡谷浩二(クラウドエレクトロニクス株式会社取締役営業本部長)

内容:クラウドエレクトロニクス社は、美津島の指示~岡谷による持ち出しによって不正取得したプロキシマ社の顧客情報から、ソフトウェアプログラムの販売を開始。

関連法規制:不正競争防止法第2条1項4,5,6,7,8,9号(営業秘密にかかる不正競争行為)

アクション5:特許侵害の差止請求にかかる警告書の送付

行動主体:美津島良平(クラウドエレクトロニクス株式会社代表取締役)

内容:プロキシマ社が営業販売しているソフトウェアに、クラウドエレクトロニクス社が特許を取得したデータ圧縮技術が無断で用いられているとして同ソフトウェアの販売停止を求める警告書を送付。

関連法規制:特許法100条(差止請求権)


 まずはこの段階で榊先生にメールを送ってみよう。質問内容は次のとおりだ。

検討点 この事案の鍵となる法規制は何か?

Q1 特許法に関して(冒認出願の可能性)
 クラウドエレクトロニクス社(以下C社)のデータ圧縮技術にかかる特許は、プロキシマ社(以下P社)が国内市場開拓に合わせて約5年をかかて開発したP社の重要なノウハウであり、設立後2年程度しか経過していないC社が独自に開発したとは考えられない。C社の特許は、P社が開発したデータ圧縮技術が不当に持ち出され、C社において特許出願された、冒認出願の可能性が高いのではないかと思われる。

Q2 不正競争防止法に関して(営業秘密の不正持ち出し、不正取得・利用等)
 不正競争防止法は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義している(不正競争防止法第2条第6項)。
 営業秘密が不正な手段で持ち出されたか、正当な手段で取得された後に不正に使用・開示されたという侵害に対しては、民事責任として、差止めおよび廃棄・除去・侵害の予防に必要な措置(第3条)、損害賠償(第4条)、信用回復措置(第14条)等の手段を、刑事責任として、侵害者に対する刑事罰(第21条第1項)、法人処罰(第22条)のエンフォースメントを定めている。


***

 これらを前提として、当時、美津島との間で秘密保持や競業避止義務条項が締結されているか否かを確認する必要がある。

 人材を通じた技術情報等の営業秘密の流出を防止する方法としては、役職員との間で、営業秘密などの業務上知り得た秘密を第三者に開示しないという秘密保持義務にかかる規程を定め、あるいは契約を締結する方法と、退職後の競業避止義務規程を定め、あるいは契約を締結する方法とが考えられる。

 美津島がP社を退職した時点で、P社との間で秘密保持や競業避止義務の合意があり、その合意に合理性があって有効であれば、不正競争防止法の営業秘密か否かを検討するまでもなく、美津島のP社の情報の持ち出しは秘密保持義務違法となる。よって、C社がそれを取得・使用することは、美津島の違法行為との共同不法行為に該当する可能性がある。
 また、C社への転職の時期によっては競業避止義務違反となり、美津島と委任ないし雇用関係を結んだC社も共同不法行為に該当する可能性がありC社に対して反撃する選択肢としての活用が期待できるのではないか?


***


 榊先生にメールを送信し、日水はオフィスを後にする。
 最終退室者としてフロアを出るのは久しぶりのことだった。




******************************************



「企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A(Case5)」、続く中編では、2つのQに対して榊弁護士の解説が行われます。そこから法務部員の日水はどのようなカウンターを考案するのでしょうか。ご期待ください。


第2回につづく



 編集/八島心平(BIZLAW)





 この連載記事を読む
  企業法務から見るアクチュアル労務トラブルQ&A


gva_prof

遠藤 元一 [東京霞ヶ関法律事務所 弁護士]

東京大学法学部卒。立教大学法科大学院講師、一般社団法人GBL研究所理事、「優れた第三者委員会報告書表彰委員会」委員。執筆として『循環取引の実務対応』(民事法研究会 2012年)、『倒産と担保・保証』(共著 商事法務 2014年)、「排除的管轄合意を無効としたアップル・島野訴訟中間判決」NBL1073号等。


青木 智子 [東京霞ヶ関法律事務所 弁護士]

早稲田大学法学部卒。通常企業法務の他、企業側の立場で、労働問題、コンプライアンス問題等も取り扱う。第二東京弁護士会 子どもの権利に関する委員会に所属し、子どもに関するいじめ事件、虐待事件等の対応も行っている。上場会社の監査等委員(現任)。

国際企業法務協会労働法研究会

国際企業法務協会」 International Corporate Counsels Association = INCAは、1988年に発足し、25年以上に亘り活発に活動している組織です。多数の企業法務部および個人が加入し、専門家の定期講演会、会員間の研修会、法分野ごとに研究会などを開催し意見・情報交換・懇親等を行っています。本連載の執筆陣である国際企業法務協会 労働法研究会は2012年8月に開講し、事例研究を行っています。





ページトップ