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憲法の条文をみるだけでは
法秩序を知ることができない

学習院大学 名誉教授 戸松 秀典

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憲法と法秩序 第1回

生活や仕事に身近な法律というと、民法や会社法をイメージする方が多いかもしれない。しかし、今回のテーマは「憲法」。国家の最高法規といわれる「憲法」は、実は、生活や仕事といった私たちの社会活動にとって、とても身近な存在なのかもしれない。今回は、私たちの生活や仕事のもととなる法秩序について、憲法という切り口で戸松秀典名誉教授にお話を伺う。



――戸松先生にとって憲法とはどんな存在でしょうか。研究活動を重ねる中で感じられたことも含めてお聞かせください。

戸松 憲法は、私の職業、すなわち法学研究にとっての研究対象です。また、憲法とは、日本国憲法を主として指しますが、私はアメリカ合衆国憲法のことも研究対象としてきました。

 私が憲法を研究対象としたこと、法学研究分野での専攻としたことには、いろいろな理由、背景があって、ここで簡単に述べることができませんが、少なくとも、「多様な素養や広い知識が必要であること」がかかわっています。私の著作中の憲法入門書『プレップ憲法』(当ページ下部参照)の冒頭の「憲法学の広さと深さ」というタイトルにおいてそのことにふれています。それは、私自身のことばでなく、著名な憲法学者のことばを引用しているものですが、「憲法を学ぶには、歴史学、政治学、社会学、経済学、哲学、倫理学、論理学、心理学など多くの学問の助けを借りなければならない。それらに関することがたくさん憲法に織り込まれているからである。・・・・・理想をいえば、憲法学者は、法学者であると同時に、歴史学者、政治学者、社会学者、哲学者、倫理学者等々でなければならず、一人では背負いきれないほどの負担を負うことになる。」(清宮四郎『全訂憲法要論』(1961年、法文社、23頁))というものです。

 このような憲法学の広さや深さに魅力を感じて、憲法学を専攻対象に選んだとはいえるのですが、現時点では、そのようなところにまったく到達しておりません。多様な素養や広い知識が身に付いているとはいえないからです。他方、長年研究の対象としてきたところ、日本国憲法に伴うさまざまな問題や課題に直面しているため、研究対象として面白いとか、深みを感じるなどといった心境からほど遠い状態です。憲法研究者の中には、世の中に生じる問題、とりわけ憲法問題とされるものについて自信をもって語る人がいますが、私はとうていそういうことはできません。このインタビューに対する私の話は、そういうものだと、すなわち確信がもてないままに、一憲法研究者が語っていることだと受け止めてください。

 ただし、読者の皆様には、次のことは、強調しておかなければなりません。それは、日本国憲法が日本の国法秩序の頂点に位置し、そのもとに法制度が展開し、法秩序が形成されていることです。別な表現をすると、法秩序の頂点に位置している前文と103の条文からなる日本国憲法をよく読むと、論理必然的に、あるいは、客観的に法秩序が明らかになるというものではなく、生活の中で課題や事件が発生し、司法解決等が繰り返される中で、たえず、法秩序が作られて今日に至っているということです。これは、事実として受け止めなければなりません。
 この事実に向かい合って、私は、そこにみられる問題の解明、解決に確信がもてないでいるのです。これからお話することの背景にこの指摘したことが存在することを念頭においてください。


――憲法の条文に変化はなくても、憲法を頂点とした法秩序はどんどん変化しているのですね。では、実務家やビジネスパーソンにとっては、憲法をどういう位置付けで理解したらよいでしょうか。民法や会社法にふれるうえで、憲法を意識すると新たにみてくる感覚もあるのではないでしょうか。

戸松 暮らしの中には憲法がかかわっていますから、その延長線上に当然、ビジネス活動も含まれています。
 読者の皆様は日常生活の中で憲法を意識する必要はないと私は思いますが、ただし、前述の通り、「日常生活は、憲法を頂点とした法秩序によって守られている」ということは意識していただきたいなと思います。

 プライバシー権、選挙権、平等原則など国民として身近な権利や原則もありますが、さらに、ビジネスパーソンとしては、職業選択の自由によって自分の職業を選べているとか、勤労権、労働基本権などにも支えられていること、そういう背景があることを意識してほしいと思っています。このような憲法が保障する権利や自由のうえに成り立つ法秩序を基礎に、法制度が機能していて、ビジネス上よく見聞きする会社法や民法、労働基準法等もその中に含まれています。憲法とは、「法秩序のもととなっているもの」そういう位置付けで考えていただけたら分かりやすい気がします。


――なるほど。憲法は直接的に参照するより、生活や仕事の中で課題が起きたら、会社法や民法など個別の実定法を含めた法秩序全体をみるようにすればいいのですね。

戸松 そうです。憲法を考えるときは、直接的に憲法の条文をみて短絡的に考えないようにしてください。たとえば、最近ではマタニティーハラスメント訴訟の例(最高裁(一小)平成26年10月23日判決、民集68巻8号1270頁)があります。この事例では、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下、均等法という)があり、裁判所は均等法の適用について憲法の平等原則に照らしながら、訴えの内容を調べて判断を行っています。これは、憲法に平等原則の記述があるから直結して短絡的に結論が出ているのではなくて、均等法がどう適用されているのかという実態をとおして平等問題をみているという事例です。憲法は、このように法制度全体(憲法を頂点とした法秩序)をみるような視点で考えないといけないと感じています。

 まさに、どんな訴訟が起きているのかということに着目すべきで、それをみないで、憲法の条文を真っ先にみて意見を言うと神々の争いになってしまう。これはまさしく憲法論が嫌われる一要素な気がします。そして、これこそが、実務や実定法の議論と憲法の議論の乖離を生んでしまう要因でもあるでしょう。まずは、事件や訴訟の中身に着目して、実定法の適用を追いかけていかないと、起きた事実と憲法とのかかわりがみえない気がします。


――戸松先生が憲法訴訟の研究に注力されているのも、そのためですか。

戸松 その通りです。憲法の中身は時代が作り上げていくものだと思っています。
 憲法の形成。憲法の意味内容は最初から決まっているものではなくて、法制度ができて、訴訟が繰り返されて、その過程でできあがっていく。法の実践過程と歴史的な定義の積み重ねの中で憲法の意味内容は作られていく。私はそのように考えています。

 たとえば、民法第90条の公序良俗違反についても、いったい何が公序良俗なのか。これは最初から具体的に決まっているものではありません。公序良俗の価値について民法を通して考えながら憲法の価値も決まっていく。そういうふうに憲法を考えると分かりやすいです。そういう意味でも、訴訟の研究は大切です。

第2回へつづく


編集/木村寛明(BIZLAW)
写真/古田悠太




この連載記事を読む
 憲法と法秩序



プレップ憲法(第3版)

戸松教授が書き下ろした入門書。これから憲法を学ぼうとする方に向けて、憲法の条文そのものの解説ではなく、憲法との向き合い方や憲法の考え方を記した著作。

著 者 :戸松秀典
出版社 :弘文堂(2007年)
定 価 :1,400円+税
ISBN13 :978-4-335-31308-0

戸松 秀典

Profile

戸松 秀典 [学習院大学 名誉教授]

憲法学者。学習院大学名誉教授。
1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。著書に『プレップ憲法(第3版)』(弘文堂、2007年)、『憲法訴訟(第2版)』(有斐閣、2008年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著)(第一法規、2013年)、『憲法』(弘文堂、2015年)など多数。




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