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弁明は不要、反論と共有は必要
- 一番根底にある思い -

弁護士、日本大学法科大学院教授 滝澤 孝臣

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裁判官の自己研鑽 ~裁判官に期待される姿勢について~ 第2回

 第2回は、「裁判官たるもの弁明せず」を踏まえた上で、決して弁明などではなく、望まれる反論と、実務家として得た知識や経験を共有することの必要性について、お聴きします。裁判官として数々の事件を通して得られた経験に基づくお話です。



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実務家は、
勉強・成果の発表が必要と痛感する

――印象深い事件があれば、ご紹介ください。

滝澤 事件の記憶に濃淡はありますが、いずれの事件も区別したくはないですね。ただ、その中で一つ挙げるとすると、法定地上権(注1)事件があります。実務家としての勉強と、その成果を発表する必要性を痛感した事件です。

 私が任官してすぐ担当した合議の事件でした。一棟の区分所有建物(注2)の一室である専有部分の競落人(注3)が、抵当権(注4)設定当時、同建物の敷地の全部が同一の所有者だったので、敷地の全部について一人で法定地上権を取得した、と主張したのです。ただし、原告は、その競落人の特定承継人です。

 現在では、マンションを買うと、各部屋に敷地権(注5)が付いているのが普通です。建物と土地の敷地の持ち分が一体で取引されるわけです。しかし、私が任官した時は、法律はそうなっていませんでした。法定地上権の制度が、この点を補完していましたが、この事件は、法定地上権によって補完し得るか否かが論点になった事案で、マンションの一室だけに抵当権が設定されていて、競落人がその一室を買い受けた場合です。敷地は当該一室の所有者と同じ所有者でした。

 この場合、マンションの一室と敷地全部の所有者が同じということになり、民法の適用でマンションの一室のために全部の敷地の地上権が設定されたようになります。しかし、そうすると、他の区分建物の所有者は敷地の利用権がなくなって、マンションの一室のために他の部屋も取り壊さないといけなくなるのではないか、という事案です。

 合議体は、「それはおかしい」と判断して請求を棄却しました。民法はこのような場合の法定地上権は予定していない、と考えたのです。民法が法定地上権の規定を設けた当時、まだ区分所有建物はなくて、一つの土地に一つの建物という対応関係が一般的でした。そのために、一つの土地に数個の建物があるという区分所有の建物構造を、法律は予想していなかったと解されます。もう立法を待つしかないと考えたのです。この点は、判決理由から明らかです。

 前例がなかった判断ですので、民法学者の先生から判例批評を受けて、「このような事大主義的な判決はきらいだ」などと言われました。例えば「賃借権(注6)を認めてもいいし、他の建物の所有者と賃借権でも地上権でも準共有にしてもいいし、それで解決できるのではないか」などと言われました。その先生は、判例評論を立法論で展開していて、裁判官が事件解決のために、立法までできるかのように書いておられました。私からすると、それは立法の問題で、司法の責任ではないと思っていました。

 しかし、この判例評論は、自分にとってはとても勉強になり、実務が面白いと思った最初の大きな事件でした。一生懸命に取り組んで納得した上での判決なのに、学者の先生から立法論で批判される。やっぱり実務は実務として、きちんとその役割を知らせる必要があると思いました。学説と実務の意義・機能、その違いといったものを知るきっかけになった、大切な経験でした。


――現行の制度に無理があるということを、事件の中で実感して、結論に至った事件ですね。

滝澤 そうです。その後しばらくして、私が所属していた部の判決も参考にしてもらったのかもしれませんが、区分所有法(注7)が改正され、区分所有建物とその一室の利用権を一体にすることで、敷地権がセットされるようになりました。それで、以上の問題は、立法的に解決されました。

 何でも立法論だと言うのは無責任かもしれませんが、立法論なのか解釈論でどこまで行けるのか十分議論を尽くした上で、司法としては、民法の解釈論では適用できないと結論を出したのに、それにも関わらず、学者の先生から事大主義だと批判されたことは、当時、筋違いかなと思いました。裁判所は一生懸命になって事件を解決しないといけませんが、どうしても解決できなかった。この体験を通じて、かえって、裁判所は「実務の中で何を考えたのかを、しっかりアピールしないといけない」と考えさせられる、私にとって大きなきっかけになりました。


――実務を通じて、事件に相対することで、初めて見えてくる視点ですね。他にも何か例がありますか。

滝澤 収入印紙事件と保険金事件というのもありました。これも裁判所の事件解決の一つの方法ではないかと重く受け止めています。これらは弁護士倫理とか法曹倫理にも絡んで、実務が真相を解明するために注意すべきことのエピソードではないかと思います。

 収入印紙事件というのは、民法で短期賃借権(注8)の保護が認められていた当時で、抵当権設定後でも短期賃貸借で保護されるという制度がありました。それで建物から出ていけと言われた被告が、短期賃借権を主張して、契約書を提出したという事件です。

 私が高裁で担当した事件ですが、契約書が高裁で初めて提出されました。私は他の事件でも、契約書を見る時は、契約年月日と収入印紙の発行年月日を必ず調べるようにしています。それで問題にぶち当たるということはほとんどないですが、この事件は、契約書が高裁で出てきたので、「変だなぁ」と思って印紙帳で調べました。すると、契約日当時はまだ発行されていない、現在の印紙が貼られていたのです。日にちを遡った契約書を作ったため、現在の印紙を貼るしかなかったということではないかと思います。裁判長に申し出た後、「証拠がないといけない」ということで調査嘱託をして、収入印紙の発行年度の回答をもらったら、やはり契約日には発行されていないものでした。

 次の法廷で、裁判長から代理人弁護士に説明を求めました。「調査嘱託した結果、この印紙は契約書作成時にはまだ発行されていない。契約書を遡って作ったとか、そこをどう考えるんですか」ということでした。するとその後、代理人弁護士が控訴を取り下げました。裁判長が威厳をもって説明を求めたので、これは並々ならぬ事態だと思ったのではないかと思います。

 代理人である弁護士が全面的に責められることではないかもしれませんが、「法曹として、いきなり契約書が出てきたら、もう少し注意すればいいのに」と思いました。弁護士としての能力に関係ないかもしれませんが、当事者が出してきた証拠を、印紙が違うため、遡って作ったとしか考えられない証拠をそのまま提出してしまうというのは、やはり恥ずかしいことではないでしょうか。その事件では、潔くということで、控訴を取り下げて一件落着しました。

 保険金事件というのも同じような事件です。山道で車が川底に転落して失明したとして、死亡保険金を請求した事件です。失明は死亡と同じ扱いです。それで両目失明したと主張して死亡保険金を請求したのです。私が右陪席だった時ですが、保険会社の方は、原告がバイクの運転もしてるし、おかしいということで、失明していないとして、原告の請求を争いました。

 その後、現地に出張して、本人に尋問することになりましたが、尋問が終わった後、その全盲という原告が一人でトイレを利用しているのを裁判長が確認したのです。「やっぱり目が見えるのではないか」とおっしゃって、次の期日に、裁判長が代理人に説明を求めました。裁判所から見ればですが、「そんな恥ずかしい事件を受任したままでいいのか。弁護士さんの名誉が傷つくかもしれない」という諭し方をされました。すると後になって、代理人が訴えを取り下げました。

 真相の解明には、ささいなことにも注意を払わないといけません。それなのに、そこまで注意することなく、「一件落着すればいいじゃないか」みたいになっているとすると、裁判所として責任を果たしていないのではないか。真相を解明するとはどういうことか、改めて考えてみる必要があるように思います。「そんなことまでやらなくていいんじゃないの」という意見も多いかもしれません。しかし、裁判所の在り方として、「それはおかしいんじゃないか」と言いたいですね。

 いずれの場合も、代理人の弁護士は「分かりました」と言ってきちんと対応してくれました。このまま訴訟を続けることはできないということで、控訴あるいは訴えを取り下げられました。取り下げてはじめて一件落着です。真相が見えた上での解決なので、おそらく本人も納得しているはずです。「目が見えるのがばれてしまった」という程度かもしれませんが、そこまでの注意が本当は必要なんでしょうね。収入印紙事件も、本人としては、一審で負けて慌てて契約書を作って弁護士に渡したら、そのまま裁判所に出してくれたという程度かもしれません。しかし、裁判所から印紙がおかしいと指摘されて、控訴を取り下げた。一審で負けたままになっても、「裁判所ってそこまできちんと真相を見ているんだ」と分かってもらえたら、裁判所に対する信頼も増すのではないかと思います。


――こういうところは、判例集には載ってこないですね。一般市民も知らないといけないですね。

滝澤 話は変わりますが、裁判員制度をPRする時に、事実認定は裁判官だからできることだと言う方がいっぱいおられました。私も、山形の所長の時にPRのために裁判員候補になる県民の方々と何度も話しましたが、その際、「事実認定は誰だってしていることですよ」と繰り返し説明しました。事実を解明するのに、専門家である必要はない。その後の法律の適用や解釈については、専門家が必要かもしれませんが、しっかり眼を見開いて、「真相を知りたい」という気持ちがあれば、事実を解明できるはずです。


理論・実務の発展には、
反論と知識の共有が必要である

――裁判官の自己研鑽について、お考えをお聞かせください。

滝澤 法定地上権事件が大きなきっかけになって、実務家として勉強する必要性を切実に感じるようになりました。学者の先生の判例批評に本当に反論したかったのですが、「裁判官が弁明することになるからやめろ」と言われてあきらめました。今だったら、きっと反論していましたね。「裁判官は弁明せず」といって黙っている場合ではなく、実務家としての勉強と、その勉強を踏まえた反論が、実務の向上に不可欠だと受け止めました。

 そういう間違った批判を受けた時に、実務家がきちんと反論することは、理論と実務の発展のために必要だと思います。「裁判官が弁明しているのか」と言われても、反論すべきことは反論しないといけない。それが裁判官をしている時にずっと尾を引いていました。裁判官としての自分の一番根底にあったことです。

 さらに、「弁明ではなくて、自分の知識というか、裁判官としての実務の知恵を皆で共有しないといけないのではないか」というのが、その根底に続きます。事件処理に費やした苦労を共有することがなければ、裁判官は同旨の問題解決について、それぞれ1から勉強しなければならない。先例として、その問題解決が紹介されていれば、そして、その紹介に対する学説の批評が紹介されていれば、時間の無駄を省けるだけでなく、それを土台にした実務の向上も期待できます。


――弁明ではなく、反論や知識を共有することの必要性を感じているのですね。

滝澤 「裁判官は弁明せず」という言葉がずっと、重くのしかかっているので、事件のことは語れません。そのために、判決で全て事件のことは語らないといけないのですが、その語ったところを曲解されたままで黙っていると、あの判決は間違っていると誤解されかねません。

 先程の法定地上権事件ですが、裁判所は、「民法の下で、一人の所有する区分建物の一室のために、敷地の全部の利用権を認めて、他の部屋の所有者の敷地利用権を否定する。こんなことできません」という判断を示しました。その結果、「裁判所が民法を適用して解決できる司法の問題ではない。立法の問題だから仕方がない」と請求を棄却したのに対し、「あの判決は、立法論だと言って無責任に司法の責任を放棄した」と批判され、その上、裁判所に対して「立法論できるじゃないか」と提言するのは、裁判所の役割それ自体を否定するのに等しいはずです。裁判所が国会になるというのと同じですからね。

 そのような誤った批判に対しては、本当は、反論しないといけないと思います。弁明ではありません。弁明する必要はないように、判決にきちんとその理由を書いておかなければなりませんし、実際、書いてある。それにもかかわらず、その判決を曲解されたら、裁判所から、「おかしいじゃないか」と反論する。反対に、判決で気づかなかったことを研究者が「こういう点はどうする」と言って、そこが議論になってくる場合には、この判決はそこまで考えていなかったということがあってもおかしくないと思います。「この判決はこれが限度です」と、担当裁判官が言わなくても、他の裁判官が批評するとか、学者の先生が批判するとかが考えられます。この場合に、実務と理論では違いがあるので、実務家の発言も重要だと思いますし、学者の先生でも、この点を分かって下さる先生もおられます。


――曲解があった時にそのままにしておくと、他の裁判官にもいい影響はないですね。

滝澤 そういう意味で、最高裁の判決に対しても、この判決はどういうふうに位置づけられるのかといった見地から、下級審の裁判官も、自分が判断する以上、関係する判例の位置づけを正確にして、その上で判決すべきじゃないかと思います。


第3回に続く


文/冨岡由佳子
取材・写真/木村寛明(BIZLAW)


※注
(注1)法定地上権
同一の所有者に属する土地・建物について、抵当権の実行または強制競売が行われた結果、土地と建物の所有者が異なることとなった場合、建物存続のための地上権が自動的に成立する制度。

(注2)区分所有建物
一棟の建物の一部を、独立して所有できる建物。

(注3)競落人
競り売りになった物件を競り落とした人。競売手続によって動産または不動産の所有権を取得した人。現在は、競り売りではなく、入札が一般的であるので、最高価で落札した買受人である。

(注4)抵当権
住宅ローンなど、銀行や他人から金銭を借りる際、不動産に設定する担保権。

(注5)敷地権
一棟の区分所有建物の敷地に関する権利で、登記によって確定する。分譲マンションなどの区分所有建物を所有するには、建物自体の所有権(区分所有権)と建物の敷地を利用する権利(敷地利用権)が必要。原則、区分所有権と敷地利用権は分離できない。分離不能な敷地利用権として登記された権利が敷地権(不動産登記法44条1項9号、46条)。

(注6)賃借権
賃貸借契約で得られる借主の権利。借主は契約の範囲で目的物を使用し収益できるが、貸主に賃料を支払わなければならない。

(注7)区分所有法
建物の区分所有等に関する法律。主に一棟の建物を区分して所有権の対象とする場合、各部分の所有関係を定めるとともに、その建物および敷地等の共同管理について定めた法律。

(注8)短期賃借権
短期賃貸借保護制度。抵当権が設定された不動産で、抵当権が登記された後に賃借権が設定された場合でも、その賃借権が短期賃借権であれば、抵当権に対抗できる制度。平成16年3月31日をもって廃止された。



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  裁判官の自己研鑽 ~裁判官に期待される姿勢について~ / 滝澤 孝臣(弁護士、日本大学法科大学院教授)

滝澤 孝臣

Profile

滝澤 孝臣 [弁護士、日本大学法科大学院教授]

1947年生まれ。長野県出身(出生:群馬県)。中央大学法学部卒業。東京地方裁判所部総括判事、山形地方裁判所・家庭裁判所所長、東京高等裁判所(知的財産高等裁判所)部総括判事などを歴任。2012年定年退官。現在は、弁護士、日本大学法科大学院教授。

<主な著書>
『不当利得法の実務』(単著/新日本法規出版,2001年)。『民事法の論点-その基本から考える』(単著/経済法令研究会,2006年)。『民事法の論点Ⅱ-その基本から考える』(単著/経済法令研究会,2011年)。『実務に学ぶ 民事訴訟の論点』(編著/青林書院,2012年)。『実務に学ぶ 倒産訴訟の論点』(編著/青林書院,2014年)。『LP金融取引関係訴訟』(編著/青林書院,2011年)。『消費者取引関係訴訟の実務』(編著/新日本法規出版,2004年)。『金融・商事判例50講一裁判例の分析とその展開-』(編著/増刊金融・商事判例1211号,2005年)。『判例展望民事法I』(編著/判例タイムズ社,2005年)。『判例展望民事法Ⅱ・Ⅲ』(編/判例タイムズ社,2007年/2009年)など著作多数。




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