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謙虚に努力し続ける
― 裁判の道は究めることができないほどに遠く、かつ、深い

弁護士、日本大学法科大学院教授 滝澤 孝臣

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裁判官の自己研鑽 ~裁判官に期待される姿勢について~ 第1回

 定年退官まで37年4か月間、裁判官を務められた滝澤孝臣先生。日常生活とは縁遠い存在に思える裁判所や裁判官について、その内側を垣間見られる貴重なお話をお聴きしました。裁判官時代に心に宿っていた思いを中心に、3回に渡ってお届します。
 第1回は、裁判官になると決めたきっかけ、プロとして心がけていたこと、裁判所ならではの心あたたまる思い出のお話です。



修習で出会った裁判官に
魅力を感じ、判事を志す

――裁判官を目指そうと思ったきっかけを教えてください。

滝澤 高校に入るまでは、医者になりたいと思っていました。ところが高校一年の夏に父親が他界して、経済的に医学部は難しくなりました。そして、進路を考えるときに、実は、父親も弁護士を目指していたが、断念した経緯もありましたので、父親の遺志を継いでというわけではないですが、弁護士になろうと思って法学部を志しました。

 しかし、大学へ進学したら、当時はストライキばかりで勉強する雰囲気ではなく、大学時代を無為に過ごしてしまいました。それで弁護士事務所で勉強を続けたいと考えて日野久三郎先生の事務所で勤務することになりましたが、日野先生から書生のように可愛がってもらって、勉強三昧の生活を送り、なんとか司法試験に合格できました。合格後は、当然のように日野先生の下で弁護士をするつもりでしたが、修習中に裁判官が面白いと思うようになりました。裁判官は、力を蓄えなくてはいけないのは当然ですが、事件に対し、自分だったらどういう結論にするのか、その結論を示すことができるところが魅力的でした。

 また、実務修習で指導してもらった裁判官や研修所(注1)の教官の姿勢に、魅力を感じたこともあり、進路を変更して裁判官を志望しました。お世話になった一生の恩人である日野先生に「裁判官やりたいのですが、いいですか」と相談したら、「じゃあやってみなさい」とプッシュされ、その後、定年退官まで37年4か月、何とか務めあげたいという思いで裁判官を続けてきました。


――素晴らしい教官にも恵まれたのですね。

滝澤 はい。良い出会いに恵まれました。司法研修所に行くまでは、私にとって裁判官という職業の選択肢はなく、当然弁護士になると思っていたのですが、実務修習で指導を受けた裁判官や司法研修所の教官が優れた方で「こういう仕事をしたいな」と思い、かつ、日野先生から背中を押していただけて、裁判官という進路の選択をしてとても良かったです。


――修習生になって知り合われた裁判官の話は、やはり魅力的でしたか。何か印象に残っている話はありますか。

滝澤 実務修習で指導を受けた裁判官は非常に優秀な裁判官でした。判決起案をするということで、私は実務家が書いた文献を調べて勉強していました。すると、その裁判官に「文献に頼るようではだめで、自分で考えることが大事だ」と言われました。私は「じゃあなんでこんな調べをするのだろう」と思いましたが、起案した判決を添削してもらったら、今まで文献で読んだことがないくらい素晴らしい考えが示されていたのです。「できる人というのは、こういう人なのだ」と思って、その裁判官にとても魅力を感じました。それがきっかけで、裁判官になりたいと思いました。自分で思ったとおりに行動していて、それだけ実力も評価されている方でした。「知識の受け売りじゃなくて、自分の考えを身につけているとは、こういうことか」と、その裁判官に学びました。


――そのような出会いがあったら、裁判官になりたいと思いますね。

滝澤 その裁判官とは、武藤春光さんという研修所の教官も務めているミスター研修所みたいな方でした。後で聞いた話ですが、武藤さんを知って「到底かなわない」と思って裁判官希望をあきらめる人はたくさんいるけれど、私のように武藤さんに接して弁護士希望から裁判官希望になるのは希有な例のようでした。

 大学時代はほとんどストライキだったので、修習生になってから、勉強することの喜びを教えてもらいました。実務修習でいきなり東京地裁に行って、武藤さんに「すごい」と圧倒されました。それで「やっぱりこういう仕事をしたいな」と思いました。
 あれからずいぶん経ちますが、ずっと裁判一筋でやってこられたので、自分としては面白かったです。


プロとして、事件の個性を
見定めた解決に努力する

――裁判官として心がけていたことは何ですか。

滝澤 裁判官にとって事件はルーティンな業務であっても、当事者にとっては人生に一度あるかないかの経験です。自分の日常業務の延長で事件を見て、裁判官からすると一件落着で、ベルトコンベアみたいな中で処理される印象を与えてしまっては絶対にいけない。少なくとも、事件の個性を見るように心がけて、個性を見定めた解決に向けて努力してきたつもりです。

 私が山形地裁・家裁の所長だった時、司法修習生を歓迎、送別する際に言葉を贈りました。その歓迎時には、「修習生の時は、とにかく事件に慣れなさい」と言いました。事件処理に慣れないとプロになれないからです。しかし、裁判所修習が終わって研修所に戻る時には、「プロになったら、事件に慣れるなんていう気持ちはやめて、初心者のつもりで事件処理しなさい。私もそうしてきた」と言いました。事件の個性を各自が見定めなければいけないからです。

 要は、慣れで事件処理したら当事者に申し訳ない、当事者のための事件解決なので、裁判官も弁護士も検察官も、皆が事件の一人ひとりを見る、個性を見てあげるのが、プロの心がけだ、と思うからです。私も、気持ちの上にとどまるかもしれませんが、そう心がけてきたつもりです。その言葉に共鳴してくれる修習生もいて、今は裁判官をやってくれていますので、その言葉も無駄じゃなかったと思っています。


――決して同じ事件は存在しないし、一つひとつ初心で取り組むのですね。

滝澤 事実を究明することは、当事者に対する裁判官の責任だと思うのです。「これでいい」と思ったら、それ以上真実が見えてこない。真実が見えていないところで法律を適用するのは、裁判官にとってあってはいけないことです。勝ち負けがつきまとうので、負けた方は「なんで裁判官はこの判断をしたのか」と思うのは必然です。それでも、「一生懸命丁寧に検討してくれた。あ、自分が悪いのか」と負けた当事者から納得してもらえることが、事件の核心、個性を見定めた判断だと思うのです。


――記録で読んだ事件と実際に当事者に接した事件で印象が違うこともありますよね。その時はどう見定めるのでしょうか。

滝澤 まずは事件の個性というか、当事者が何を考えているのか、自分が見定めなければ判決は書けない、という気持ちを持つことです。記録からも、当事者からも、予断を持たないで謙虚にならないといけません。謙虚になれば、まだまだ足りないかもしれませんが、少なくとも当事者の言い分はきちんと理解した、個性を見定めた判断ができます。
 要は、ずっと努力することが必要ということです。「これでいい」と言って事件処理に慣れたら終わりです。そういう意味では、裁判の道は、これを究めようとしても、究まらないですね。それぐらい裁判は難しいと思います。


――裁判官の心がけとして、何か指針になるものはありましたか。

滝澤 三宅正太郎先生の『裁判の書』(注2)という名著があります。裁判官は皆さん読んでいると思いますが、その中に「事件をして事件を裁かしめよ」という言葉があり、その脈絡はともかく、私としては、裁判官として在るべき姿だと実感しました。要するに、事件をして語らせるということですが、それが裁判官の理想だと思います。事実を究めれば自ずと、法律はもう決まっているので、誰でも同じような結論になるはずだと思うからです。そういう意味で、事件をして語らせる。自分が語ってはいけない。要は、真相を究めれば、自ずと、自分が口出ししなくても、事件が解決の結論を教えてくれる、という趣旨の言葉だと受け止めています。そこまでに到達するのは難しいですが、裁判官として「これってすごいことだな」とずっと思っていました。


裁判の本質から生まれる、
自由闊達な議論がある

――裁判所ならではの、心あたたまるお話があれば、お聞かせください。

滝澤 裁判所は本当に対等で、判事補も一人前扱いして、皆同じ一票として議論をします。よく裁判所の合議は「乗り降り自由」だと表現します。例えば裁判長の考えと陪席裁判官の考えが対立した時に、裁判長が陪席裁判官の考えに「そうか」と思えば、「お前の考えでいい、それでもう一度検討し直そう」という展開になります。三人で合議(注3)している時は、はじめは三者三様だったかもしれないけど、昨日と今日で見解が変わることもあります。裁判長がこう言うから左陪席裁判官も従うのではなくて、本当に、議論が自由闊達なのです。
 それはやはり、裁判で真相を究明しないといけない、という裁判の本質がそうさせているのではないかと思います。

 事件の結論は、一生懸命取り組めば自ずと見えてこないといけない。事件が語らないといけない。そのために議論するのです。自由闊達に議論できるところが裁判所のあたたかみというか、良いところだと思います。


――議論の中で、他の意見に乗るも自由、逆に自分の意見を切り替えて降りるも自由、という環境が裁判所にあるのですね。

滝澤 合目的に、取捨選択してこういう結論に行きたい、という仕事だとできないかもしれません。裁判官の仕事は、結論がどこにあるのか証拠調べしないと分からない。その証拠調べをした結果について、一生懸命議論しなければなりません。乗り降り自由なその議論で、本質を見て事件の真相を解明していく。そこが裁判所の一番の職責で、そのために本当に自由闊達に意見交換ができる。それは、今まで裁判官が築いてきた伝統かもしれませんが、「裁判所ってこういうところなのだ」と、良い意味で知ってもらいたいと思います。

 よく、「裁判官って、飲みに行ったりするのですか」と言われますけど、歓・送迎会、打ち上げなど、飲む機会は少ないわけではないのです。裁判長に面倒を見てもらって、若手がおごってもらうこともしばしばあります。若手が会費を出しますと言うと、「将来、あなたが若手におごってあげればいい」と、そういう伝統のようなものもありました。今も伝統になっていればいいですね。少なくとも私も心がけてきたので、懐具合は辛いですけど、良き伝統を守ろうと結構後輩を誘って飲みに行きました。若い頃は私も飲みに連れて行ってもらい、その席で先輩から学ぶことも多かったです。


第2回に続く


文/冨岡由佳子
取材・写真/木村寛明(BIZLAW)


※注
(注1)研修所
司法研修所。昭和22年、裁判所法に基づき最高裁判所に設置された研修機関。日本では、法曹になるには、司法試験合格後、司法修習生として採用され、司法修習を終えることが必要。司法研修所は、司法修習の実施、運営にあたる。法曹養成のための重要な国家機関。

(注2)『裁判の書』
1942刊。三宅正太郎(みやけまさたろう、1887~1949年)判事による著作。

(注3)三人で合議
高等裁判所は、高等裁判所長官と判事で構成され、原則三人の裁判官の合議体で裁判する。地方裁判所は、判事と判事補で構成され、一人または三人の合議体で裁判する。裁判官はおおむね三~五人程度が一つの部に配属され、部を総括する判事(裁判官)が裁判長、それより若手の判事または特例判事補が右陪席裁判官、経験5年未満の未特例判事補が左陪席裁判官となる。



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  裁判官の自己研鑽 ~裁判官に期待される姿勢について~ / 滝澤 孝臣(弁護士、日本大学法科大学院教授)<

滝澤 孝臣

Profile

滝澤 孝臣 [弁護士、日本大学法科大学院教授]

1947年生まれ。長野県出身(出生:群馬県)。中央大学法学部卒業。東京地方裁判所部総括判事、山形地方裁判所・家庭裁判所所長、東京高等裁判所(知的財産高等裁判所)部総括判事などを歴任。2012年定年退官。現在は、弁護士、日本大学法科大学院教授。

<主な著書>
『不当利得法の実務』(単著/新日本法規出版,2001年)。『民事法の論点-その基本から考える』(単著/経済法令研究会,2006年)。『民事法の論点Ⅱ-その基本から考える』(単著/経済法令研究会,2011年)。『実務に学ぶ 民事訴訟の論点』(編著/青林書院,2012年)。『実務に学ぶ 倒産訴訟の論点』(編著/青林書院,2014年)。『LP金融取引関係訴訟』(編著/青林書院,2011年)。『消費者取引関係訴訟の実務』(編著/新日本法規出版,2004年)。『金融・商事判例50講一裁判例の分析とその展開-』(編著/増刊金融・商事判例1211号,2005年)。『判例展望民事法I』(編著/判例タイムズ社,2005年)。『判例展望民事法Ⅱ・Ⅲ』(編/判例タイムズ社,2007年/2009年)など著作多数。




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