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法律家の養成における
リーガル・クリニックの役割(後編)

明治学院大学法学部教授、明治学院大学学長補佐 河村 寛治

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伝説の法務部員、語る 第6回

 1泊3日のフライトで契約交渉をまとめ、帰国の便に急遽本社からのオファーが入り、別の案件のために国を跨ぐ。法務部在職中に渡航した国は数十か国を超え、約10億ドルに及ぶディールを手掛ける。現在の日本ではまるでフィクションのように思えるこれらのビジネスワークを、80~90年代当時、超人的な密度でこなし続けた一人の法務パーソンが存在した。この連載では、伊藤忠商事株式会社法務部に所属し、法務部国際法務チーム長として活躍した河村寛治氏(現 明治学院大学法学部教授)に、そのエピソードの一端を明かしてもらいながら、法務パーソンが追うべき時事的課題とその対応について語っていただく。最終回、テーマは「法律家の養成におけるリーガル・クリニック(臨床法学教育)の役割(後編)」について。



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法科大学院における
臨床法学教育

 現在、わが国の各法科大学院で実施されている臨床法学教育は、多くは三つの教育形態に大別されています。すなわち、実際の依頼人に対し学生が法曹資格を有する教員の指導監督の下に法律サービスを提供する「リーガル・クリニック」、現実の事案を教育目的に応じて加工し教材として用いる「シミュレーション」、および、現実の法実務活動を行う法律事務所・企業法務部・行政機関・各種NGO等に対して学生を派遣する「エクスターンシップ」です。これらをすべて実践しているところもあり、そうでないところもあります。この臨床法学教育の三形態は単なる便宜上の分類であり、教育実践の現場では、教員の創意工夫が凝らされ、諸形態の組み合わせや新しい臨床方法の採用が行われています。

 中でもリーガル・クリニックでは、実務教育の重要性、特に、生きた事件を学生が扱うということの意義や重要性が強調され、単に無料法律相談への同席というような受動的な活動には限られていません。このリーガル・クリニックにおいては、弁護士教員や研究者教員と学生とがチームを組んで、このクリニックを拠点に法律相談に乗り、場合によっては訴訟まで持ち込むというものとなっています。
 また、その扱う事件についても、たまたま訪れた相談者の抱える問題を扱うというような、その都度学ぶ内容が変動するというのではなく、指導弁護士等が、一定の基本方針を持ち、教育効果を考慮して積極的に取り上げる事件を選んでいます。そして、学生に、その事件について十分に準備させた上で、依頼者との面談を含め、事件に臨ませるという段階を踏んで行われることになるため、どちらかというと教育目的が主となるのです。

明治学院大学における
臨床法学教育

 筆者が所属していた明治学院大学法科大学院では、開設以来、その教育を通じて「理論教育と実務教育との架橋」を目指すことについて教員間でも共通の理解があり、この架橋の実現が強く意識されていました。そのため、カリキュラムは、法理論の基礎から応用力への積み重ねと、実務的能力の段階的積み重ねとを相互に対応させながら、1 年次から3 年次まで積み上げていくという構造となっていました。また実務関連科目自体が理論と実務の架橋をはかる科目として特に意識されていました。臨床実務教育を通じて臨場感を持って法律実務にかかわることにより、理論の実用化を現実に認識すると同時に、理論教育への取組み意欲や意識の向上が期待できるのではと考えられたわけです。

 このように開設以前から臨床法学教育の重要性に注目し、そのための実務体験を早い段階で実施する制度やカリキュラムを導入すべきであると考え、2年次において実務体験をする「エクスターンシップ」という制度と3年次の前期(春学期)における「リーガル・クリニック」という二段階の実務経験を得ることのできる体制を導入してきました。
 「エクスターンシップ」においては、弁護士事務所をはじめとして、法務省や金融庁、また港区や企業法務などでも実務体験を経るケースが多かったといえるでしょう。


学生にとっての
リーガル・クリニック

 一方、「リーガル・クリニック」に関しては、単独でリーガル・クリニックのための組織を立ち上げるということは財政的にも難しかったため、國學院大學、獨協大学、東海大学との四大学間で、東京弁護士会が國學院大學内に設置した公設事務所である渋谷パブリック法律事務所での「リーガル・クリニック」に参加することとなったのです。履修者も、これまでの入学者数の全体から見ると、約20%という高い確率の参加が得られ、計79名に上りました。
 この渋谷パブリック法律事務所におけるリーガル・クリニックでは、指導弁護士が中心となって、学生2~3名がグループを構成し、それぞれ教育効果を考えた相談事件や訴訟事件を選択し、指導弁護士とともに依頼者と面談し、事案の調査や法律構成などを起案するということが実践されました。法律相談を受ける場合には、学生が面談の中心となり、指導弁護士は、どちらかというとサポート側にまわるケースが多かったようです。
 これまでの経験では、履修した学生たちも、依頼者に対して、実に親身になって、一生懸命にヒアリングや複数メンバーでの事実調査などを行うので、一般の弁護士事務所よりも充実したリーガル・サービスを提供できているのではないかと感想を述べる教員も少なくなく、依頼者からも非常に感謝されたケースもありました。
 その臨床実務教育の具体的内容は、以下のとおりとなっています。

1)法律相談への立会い
 -依頼者からの相談の受け方
 -関係する事実の把握の仕方
 -法律問題と非法律問題との区分けの仕方
 -対応策の整理と具体的提案(法的根拠も含む)
2)受任事件に対する補助的業務
 -受任案件の事件記録の作成
 -聴取した事実の整理と法律問題の指摘(メモの作成)
3)法律文書の作成
 -簡易な法的文書(内容証明、催告書、示談書など)の作成
 -訴訟関連文書(訴状、答弁書、準備書面など)の作成
 -契約書の検討および作成

なお、上記以外にも資料調査や法廷立会などが行われてきました。

履修した学生の感想

 実際のリーガル・クリニックの履修にあたっては、あらかじめ参加希望者を募り、直近までの総合成績などを基準に、各個人の教育効果を考慮し、面接等により履修者を決定してきました。しかし、一般的には、どちらかというと時間的および心理的負担は重く、リーガル・クリニックを敬遠するものも少なくない結果となったのです。ただ一方で、参加した学生にとっては、臨場感を持って法律実務にかかわることにより、事実分析の重要性や、判例や学説の重要性、法律構成の意義などを意識しつつ、法曹という仕事に対する関心や動機をさらに高めることになるという効果もありました。具体的には以下のとおりです。

 -法曹実務家に対するモチベーションの高まり
 -事案や課題およびその背景を深く認識するため、イメージすることが容易になった
 -事案や課題の解決のため現実的な対応の必要性を理解できた
 -法を利用することの意義が理解できた
 -依頼者や弁護士に接することで、人間(人間性)をより強く意識することができた
 -効率的かつ効果的な学修に対するインセンティブになった

 結果として、「後輩にも是非推薦したい」「全員の必修科目とすべきである」などの感想を述べる者も多く、リーガル・クリニックに対して非常に高い評価を与えてくれました。

 以上のように、リーガル・クリニックを通して事実の整理の重要性と法の適用との関連を認識したものが多く、また、依頼者や弁護士等とじかに接することで、人間性を強く意識し、楽しい職業だと実感することができたという感想を述べる学生も非常に多かったのは、担当教員としては、望外の喜びでした。
 この経験を経た学生については、その後の学習態度や学習意識にも非常に顕著な変化が見られ、また、学力の面でも想像以上に伸びたという感触を持つに至りました。このような臨床教育の重要性は、教員間でも共有できたのではないかと思われます。また、履修した学生のその後の学習への取組み意欲や意識の向上に期待以上の効果が認められるというのが教員の一致した評価となりました。

法科大学院における
臨床法学教育の必要性

 以上のように、特に多くのエネルギーを割いてきた「リーガル・クリニック」については、例年の司法試験合格者の中にも、この「リーガル・クリニック」の履修者が多く含まれていたことからも、臨床実務教育が法曹養成に重要な役割を担っていることと評価できます。

 私自身の経験ではありますが、法科大学院で学生に教えてみて強く感じたのが、学部ではもちろん法科大学院生でも、法律専門家にとって必要な法律知識を十分に理解し、修得することは、法律や判例のようにあらかじめ整理された事案をベースにした座学だけでは難しいのではないかという点です。少なくとも応用力を育成するという点では、何らかの形での実務経験が必要だと考えています。
 社会人経験のない学生では特に顕著だといえますが、法科大学院で扱う紛争事案などについて、イメージをつかむことができず、全体の中でどの部分がポイントとなるのかという問題意識を持つことが必ずしも得意ではないということが挙げられるでしょう。つまり紛争に関する本質的な問題についての想像力に欠けるのです。少なくとも、最近の新しい問題に対する応用力という面では、想像力を働かせないと問題を見つけられません。また法的リスクを分析して問題を解決することが難しくなります。
 この理由として、法律およびそれを補足する判例を基本としている大陸法系をベースとして学ぶ、ということに慣れている点が影響しているかもしれず、どちらかというと個々の具体的事案に即して、過去の判例等を引用して問題解決をはかろうとするコモンローの国々の考え方との違いもあるのかもしれません。
 やはり、事案や課題をイメージした上で実際的な問題に取り組むためにも、何らかの実務経験が重要であり、それが効果的な学習につながるという点は、改めて指摘するまでもないでしょう。これらは、リーガル・クリニックなど、より実務に近いところで経験することでより充実するのではないかと考えられます。

 実務に即した法の理論や実務の両面における経験を経させることは、法曹としての活動を批判的にも検討できる学生を育てることにも通じます。臨床法学教育の理想的な目標は「将来にわたり法理論と法実務の継続的改革と発展を担う法曹の養成を目指す」というものであり、それは現在でも変わっていないと信じています。また、これは、司法試験合格者が司法研修所において受ける実務経験とは別に、法曹を目指す者にとって、また法学教育を受けて法律関連業務につくためにも、法科大学院での効率的かつ効果的な学修に対するインセンティブにもなるでしょう。

後日談

 残念ながら、明治学院大学の法科大学院は募集停止という苦渋の決断をせざるを得ませんでした。その決断の公表に際して、以下のような当時の学長の声明が出されています。

『とくに、本学の法科大学院における未修者対象の本格的な教育は、効率的で水準の高いものであり、今後の本学の大学院教育、学部教育にも十分に活用できます。また、法科大学院の教育実践を通して、実学系の学問における臨床教育の重要性を実感しました。これは本学が法科大学院を持っていたからこその貴重な経験で、こうした経験を活かし、実務教育、臨床教育という法科大学院の大きな財産を何らかの形で本学に残すことを考えております。』
 (「明治学院大学法科大学院の 2013 年度新入生の募集停止について」より)

 実学系の学問では、臨床教育は特に重要で、何らかの方法で必ず取り込む必要があり、学問内容も、これを意識したものになるべきです。
 実務教育や臨床教育という財産を法学教育でも継承するために、さまざまなアイデアが出されました。その中の一つが、臨床法学教育の経験を活かすという形で法科大学院の経験を継承するプラン、つまり「法と経営学研究科」という大学院での新研究科の設立となり、昨年2015年4月にスタートしました。比較的評判がよく、学部で経営学を学んだものにとっては、法学的な考えを理解できる、また法学を学んだものにとっては、経営学的な考えを理解できるのでここに決めたという入学者が増えています。
 この研究科は、法学と経営学の知識を兼ね備えた人材を養成しようとする目的を持って、経営学と法学の教員が、対等の関係を保持しながら、「法と経営学」として学問的な融合を行って人材養成に活用するという試みとなっています。そこでは法学と経営学の両面から、事象を分析し、問題解決に導くという実務を意識した教育をその中心とするものであり、臨床教育科目も導入されています。

 以上、臨床法学教育にとって法科大学院制度は一つの画期をなす歴史的事件ではありましたが、どの段階で行うか、また形は異なるものの、明治以来の法学教育の歴史の中でも臨床法学教育は存在しましたし、このような臨床法学教育は、法科大学院の運命にかかわらず、法学教育がある限り、今後も存在し続けるものと信じています。



 写真/市川貴浩
 編集/八島心平(BIZLAW)


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この連載記事を読む
 伝説の法務部員、語る。/ 河村 寛治(明治学院大学法学部教授、明治学院大学学長補佐)

河村 寛治

Profile

河村 寛治 [明治学院大学法学部教授、明治学院大学学長補佐]

1971年、早稲田大学法学部卒。伊藤忠商事株式会社入社、法務部配属。1977年、ロンドン大学大学院留学。1981年、伊藤忠ヨーロッパ会社(ロンドン)駐在。1990年、法務部国際法務チーム長。1998年、明治学院大学法学部教授。2004年、明治学院大学法科大学院教授。2013年、明治学院大学学長補佐。2015年4月、明治学院大学法学部教授に就任。
主な著書に『契約実務と法[改訂版]』(2014、第一法規)、『国際取引・紛争処理法』(2006、同友館)などがある。共著に『実践 英文契約の読み方・作り方』(2002、中央経済社)、『国際売買契約 ウィーン売買条約に基づくドラフティング戦略』(2010、レクシスネクシス・ジャパン)、『国際取引と契約実務[第3版]』(2008、中央経済社)、『現代企業法務 1(国内企業法務編)』(2014、大学教育出版)、『法務部員のための契約実務共有化マニュアル』(2014、レクシスネクシス・ジャパン)、『グローバルビジネスロー基礎研修1 企業法編』(2015、レクシスネクシス・ジャパン)など多数。




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