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法律家が
Brexitの渦の中で見るもの

多田 慎(弁護士)、 高橋 由美子(英国ソリシター)

iStockhttp://www.bizlaw.jp/?p=9171&preview=1&_ppp=37655b6dd9_97165753_LARGE

© iStockphoto.com/fotojog

第5回 英国政府から日産へのSweet Deal?

Business Law Journal2016年7月号62頁に「英国がEUから離脱した場合の実務への影響」を執筆した多田慎弁護士と高橋由美子英国ソリシターが、タイムリーな情報を発信する本コーナー。
第5回は、いよいよ始まるEU離脱交渉を前に、離脱後に在英の日系自動車メーカーが直面することになるビジネス環境について、高橋ソリシターが解説します。(Business Law Journal編集部)


EU離脱交渉が始動

英国のオフィスプロトコルには、日本人にとって不可解なものがある。英国人は自分の誕生日を自ら進んでお祝いする。誕生日当日、バースデーボーイ(またはガール)は前の晩に自分の家で焼いたカップケーキやら、お店で買ったチョコレートやクッキーやらをオフィスに持参する。そして「今日誕生日でーす。また18歳になっちゃいました。チョコ食べてくださーい!」とお茶目な一斉メールを所属部署に送る。

3月16日はあるパートナーの誕生日であった。彼からは辛口なメールがチーム全員に届いた。「このチョコレートは私の誕生日を祝うものであり、EU離脱法案が女王の裁可(Royal Assent)を受けたことを祝うものでは決してありません。」

同法案は、3月13日に原案通り可決していた。そして3月16日の女王裁可により、EU離脱法(正式名称は「European Union (Notification of Withdrawal) Act 2017」)が成立した。これでテレーザ・メイ首相は、いつでもEU基本条約(リスボン条約)50条を発動しEUに離脱通告をすることができる。

そして3月29日、メイ首相が署名をしたEU離脱通知の書簡がトゥスクEU大統領に無事手渡された。実に感慨深いものがある。いよいよ英国とEUの間の離脱交渉が始動する。

今回は、離脱交渉におけるさまざまな課題の中でも、最近クローズアップされた、EU離脱後に在英の日系自動車メーカーが直面することになるビジネス環境について考えていきたい。


英国と日系自動車メーカー

日系自動車メーカーの英国進出の歴史は1970年代に遡る。1973年、英国がEC(現EU)に加盟を果たし、日系自動車メーカーは対欧進出拠点を英国に創設する機会をうかがい始めた(1)。その後1975年に、日英の自動車産業界同士による「日英自動車会談」が発足し、日本車の輸出水準などについて活発な意見交換の場が持たれるようになった(2)。そうした中、日産は1984年に英国日産、ホンダは1985年に英国ホンダ、そしてトヨタは1989年に英国トヨタを設立、それぞれのメーカーが英国での操業を開始した。以来約四半世紀、これらの工場のある地域では、日系自動車メーカーが、投資、雇用を創出し地域経済を担うキープレイヤーとなっている。

これら3社の中でも日産は英国での生産台数が最も多く、その8割を海外に輸出している(3)。また日産はEU離脱に関しても、国民投票実施の決定以来、要所要所で世間の耳目を集める発言をしてきた。


英国政府から日産への公約とは

思い返せば、デービッド・キャメロン首相(当時)がEUを離脱すべきか否かの選択肢を国民に与えると約束したのは2013年1月のことであった。当時日産のカルロス・ゴーン氏は「サンダーランド工場は、在英国のヨーロッパの工場(”a European plant based in the UK”)という位置づけだ。英国がEU離脱となれば戦略を再検討しなければならない」とBBCのインタビューに答えている。

そしてまさかの離脱。それでも日産は攻撃の手を緩めなかった。勝って、もとい負けて兜の緒を締めよ。2016年10月14日、ゴーン氏はメイ首相との対談を実現させた。その晩のニュース番組では、「ナンバー10」(首相官邸「10 Downing Street」の略称)の前を微笑みながら闊歩する同氏の姿が大きく映し出された。さらに10月27日、日産は自社のニュースルームで「英国政府から支援と公約を得られたことで、サンダーランド工場での次期型キャシュカイと次期型エクストレイルの生産決定につながった」と発表した(4)。離脱後のビジネス環境を整えるため着々と布石を打つゴーン氏はいかにも順風満帆に思われた。

がしかし、ニュースリリースから約1週間後、この「支援と公約(英語で”support and assurances”)」に待ったがかかった。言わずと知れた欧州委員会(EU競争法当局)が、英国政府から一連の「支援と公約」についての情報収集を始めたのだ。


Nissan makes further commitments to Sunderland plant

ソース: 日産の映像ライブラリー


国家補助規制と「支援と公約」

EU競争法は一般に「国家補助(State aid)」を禁止する。国家補助については、欧州連合の機能に関する条約(TFEU条約)107条1項が以下のように規定している。

「本条約に別段の定めがある場合を除き、形式を問わず加盟国により供与される補助又は国家の資金により供与される補助であって、特定の事業者又は特定の商品の生産に便益を与えることにより競争を歪曲し又はそのおそれがあるものは、加盟国間の通商に影響を及ぼす限り、域内市場と両立しない。」(公正取引委員会「各国・地域の競争法」和訳

すなわち、英国政府が民間企業である日産に与えた「支援と公約」が国家補助に相当する場合、それは国家が特定の事業者(企業)を優遇することとなり競争を歪曲するおそれが生じ、その結果、加盟国間の通商に影響を及ぼすことにもなり得る。

よって、今回の英国政府から日産への「支援と公約」が「国家補助」に相当するか否かを判断するため、欧州委員会が英国政府に詳細を問い合わせたというわけだ。

「支援と公約」の報道後、欧州委員会に続いて、英国下院財務委員会(House of Commons Treasury Select Committee)や英国予算責任局(Office for Budget Responsibility)も「支援と公約」の真相の解明を英国政府に要求した。挙句の果てには、上記財務委員会のアンドリュー・タイリー委員長は英国会計監査院(National Audit Office)に、英国政府が日産に供与した公約が納税者の負担になるか否かの監査を求める書簡を突きつけた。日付は2016年11月末日。巷ではクリスマスパーティー(日本の忘年会に相当)シーズン突入の時期ではなかったであろうか。通常、書簡と言えば非公表が前提であろうが、タイリー委員長はあえてこの書簡を公表している。相手に圧力をかけるためであろう。彼の最後の一文が素晴らしい。「この書簡を公表します。(I will be placing this letter in the public domain.)」物事をなあなあに済ませない英国の政治家の気質を垣間見る思いがした。

さて肝心な監査結果であるが、2週間後、英国会計監査院は、今回の「支援と公約」により偶発債務が発生しないことを報告した。さらには、欧州委員会も今年に入り、日産への公約に関しては競争法上の懸念事項はないと述べた。一件落着である。


BBCのスクープ

後日談がないわけではない。実は、「支援と公約」の発表当時、スコットランド国民党(Scottish National Party)も、2000年情報自由法(Freedom of Information Act 2000)に基づき、その全容の開示を求める「情報開示請求」を英国政府に出している。しかし、いまだに回答が得られないため、2017年3月半ば、情報コミッショナー(Information Commissioner)に不服申立てを行った。情報コミッショナーとは同法によって設置された機関で、政府から独立して同法の執行、推進を担う。英国政府は「営業機密(commercial confidentiality)」を理由に開示請求に応じる姿勢は見せていなかった。

ところが、3月24日金曜日の夜、大きな進展があった。日付が変わろうとする午前0時近く、遅めの晩御飯を食べながら何気なくBBCをつけると、報道番組「ニュースナイト(Newsnight)」で日産を取り上げているではないか。前述のスコットランド国民党と同様に「情報開示請求」を出していたBBCに、その日の夕方、政府が回答を送ってきたという。番組では、英国政府が日産に送った「支援と公約」を伝える書簡を「スモーキングガン(smoking gun)」と呼んだ。決定的な証拠という意味だ。

さらには、「スモーキングガン」の内容は依然明らかにされていないとしながらも、両者間のやりとり(大半の部分が塗りつぶされている)から、10月半ばに日産が、英国政府へ3つの提案をしていることが明らかになったと伝えた。3つの提案とは、地方に電気自動車のための充電所(charging point)を十分設置すること、充電インフラを整備するための予算を組むこと、電気自動車の購買を推進するための税制上の優遇措置を設けること、である。そして、11月の終わりには、英国政府が3つの提案どおりに政策を実施していることに言及し、日産からの提案と政府の産業政策が大方一致するのは「印象的(striking)」だと解説した。

将来的にこの書簡を開示することを英国政府は約束しているが、それまでさまざまな憶測が飛び交うことであろう。書簡の内容が英語で表現するところの「Sweet Deal」であったかどうかが判明するには時間がかかりそうだ。


brexit_05_image02

BBCより):「支援と公約」の内容を伝えるBBCの報道番組Newsnight。


既にメイ首相はEU単一市場から脱退する考えを表明している。いよいよEUとの離脱交渉が開始するが、日系自動車メーカーを含めた英国自動車産業にとっては、関税問題が最重要課題であると言えよう。関税なしの市場アクセスが維持できるのか、またはトルコモデルと呼ばれる関税同盟に加盟するのか。仮に関税同盟に加盟した場合、EUとの間の関税障壁はなくなり、物品貿易を自由に行うことができる。前途多難が予想される離脱交渉だが、引き続き見守っていきたいと思う。



編集/Business Law Journal 編集部



脚注
(1) 鈴木均『サッチャーと日産英国工場―誘致交渉の歴史 1973-1986年」(吉田書店、2015)

(2) 「トヨタ自動車75年史」第1節第2項

(3) 日産自動車ニュースルーム「日産自動車、英国サンダーランド工場での次期型モデルの生産を決定 英国における生産へのコミットメントを更に深める」(2016年10月27日)

(4) 前掲注(3)。




 この連載記事を読む
  法律家がBrexitの渦の中で見るもの /多田 慎、高橋 由美子

Profile

多田 慎(Shin Tada) 
[弁護士(弁護士法人大江橋法律事務所)]

06年東京大学法学部卒業。08年慶應義塾大学法科大学院卒業。09年弁護士登録。15年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、16年ニューヨーク州弁護士登録。15年から16年にかけてナバロ法律事務所(ロンドン・ドバイ)、ICC(国際商業会議所)国際仲裁裁判所・アジアオフィス(香港)にて実務研修。主な取扱分野は国際仲裁・訴訟、国際取引一般、国際人権法等。

Profile

高橋 由美子(Yumiko Takahashi)
[英国(イングランド・ウェールズ)ソリシター(フィールドフィッシャー法律事務所(ロンドンオフィス))]

大阪外国語大学(現:大阪大学)、英国エクセター大学大学院卒業。在ロンドン英系大手法律事務所にパラリーガルとして勤務後、2015年9月より現職。主な取扱分野は競争法、規制、在欧日系企業のコーポレート案件。


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