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法律家が
Brexitの渦の中で見るもの

多田 慎(弁護士)、 高橋 由美子(英国ソリシター)

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© iStockphoto.com/fotojog

第3回 EU離脱への針路を探る(2) 脱退交渉を取り巻く混沌

Business Law Journal2016年7月号62頁に「英国がEUから離脱した場合の実務への影響」を執筆した多田慎弁護士と高橋由美子英国ソリシターに、今後の手続や法律上の問題点についてタイムリーな情報を発信していただきます。
第1回は、国民投票結果が判明した当日の、揺れ動く現地の状況について高橋ソリシターにレポートしていただきました。
第2回に続き、第3回は、メイ首相から具体的な発言もなされたBrexitの手続の行方について、EUからの脱退手続を定めたEU条約(リスボン条約50条)の規定に沿って多田慎弁護士が解説します。(Business Law Journal編集部)

2016年10月18日公開

2つの協定をめぐるジレンマ

前回は、リスボン条約50条(Article 50)の定める手続のうち、2017年3月末までに予定されている脱退通告をめぐる問題点について説明した。仮に英国による脱退通告がなされた場合、英国とEUとの間で脱退協定の締結に向けた交渉が行われる。脱退協定の内容についてArticle 50は何ら述べていないが、たとえば、英国のEUに対する拠出金・EUからの研究補助金の取扱い、英国内のEU市民の権利関係(ビザの取扱い等)、現職の欧州議会(European Parliament:各国選出議員から構成されるEUの立法諮問機関)の議員(Member of the European Parliament:MEPと呼ばれる)・欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union)の判事の地位などが挙げられる。しかし、これらは英国とEUとの間の交渉内容事項のごく一部にすぎない。なぜなら、Article 50(実際の条文はこちら)によれば、脱退協定の締結にあたって、「当該国のEUとの将来の関係のための枠組みを考慮」することが求められており、上記の事項以外に、脱退協定とは別に、脱退後の英国とEUとの間の貿易・通商関係をはじめとする「将来の関係」についての協定(future relationship agreement)の締結に向けた交渉を行うことが想定されているためである。

Article 50の文言からは、これら2つの協定(脱退協定、将来の関係についての協定)に関する交渉が同時に行われるのか、脱退協定に関する交渉が優先されるのかは明らかではない。離脱後の英国とEUとの間の貿易・通商関係を巡っては、英国によるEU単一市場(Single Market)へのアクセスの程度を踏まえた複数のモデル(ノルウェー型・スイス型・カナダ型など)が議論されているが、そもそもこのような将来の枠組みについて交渉を開始するタイミングに関してArticle 50が何ら規定していないことは、今後の離脱プロセスを不透明なものとしている。英国が脱退通告を予定している2017年3月前後にはEU側でも政治イベントが目白押しであり(3月:オランダ議会選挙、4月〜5月:フランス大統領選挙、10月頃:ドイツ連邦議会選挙)、これらの選挙が終わるまでは貿易・通商交渉が開始されない可能性も指摘されている。

仮に英国・EU間で脱退協定の交渉がまとまった場合、Article 50の定めるEU側での手続として、① 欧州議会の同意(過半数)、および、②EU理事会(Council:加盟国の閣僚級代表により構成されるEUの決定機関)の特定多数決による承認が必要とされている。①の欧州議会での議決にあたっては、英国から選出された議員も投票権を有していることから、現在6名いるスコットランド選出のMEPが一定の役割を果たす可能性もある。②のEU理事会の特定多数決とは、加盟国の人口に応じて割り振られた票数をベースに投票を行う方式であり、英国を除く加盟国の全人口の65%相当の賛成が必要となる。

これに対して、将来の関係についての協定の締結に際してはArticle 50の適用はなく、欧州議会の同意・EU理事会の承認に加えて、EU加盟国27か国における批准手続(各国議会での承認)が必要であると考えられている(国際的な協定の交渉・締結について定めたEU機能条約218条が適用される可能性が高い)(正式交渉開始は2009年10月)。最近の事例を見ると、EUとカナダとの間の包括的自由貿易協定について、交渉は2014年8月にまとまったが、まだEU国内での批准手続は完了しておらず、協定の発効は2017年に入ってからと見込まれている。

このように将来の関係についての協定をめぐるプロセスが長期にわたることからすると、英国としてはなるべく早期にEUとの貿易・通商交渉を開始することが望ましい。しかし現実には、上記のようなEU側の事情に加えて、英国政府内で貿易・通商交渉を担当する人材の確保が十分ではないことが常々指摘されており、英国側も直ちに交渉を開始できる状態にないというジレンマに直面している。


英国・EUが交渉を行う2つの協定の比較

脱退協定
(withdrawal agreement)

将来の関係についての協定
(future relationship agreement)

関連条文

EU基本条約50条

EU機能条約218条(国際的な協定に関する手続)

交渉・協定の内容

EU拠出金・研究補助金の取扱い、英国内のEU市民の権利関係、欧州議会議員(MEP)・欧州司法裁判所判事の地位など

EU脱退後の英国とEUとの間の関係:EU単一市場へのアクセスの有無・程度(関税・税関手続・非関税障壁に関するルール)、英国・EU間の人の移動の自由など

締結に必要な手続

① 欧州議会の過半数による同意
② EU理事会の特定過半数による承認

① 欧州議会の過半数による同意
② EU理事会の承認(特定過半数または全会一致による)
③ 加盟27か国における批准(議会承認)

交渉期間

脱退通告から原則2年間

???(+各国での批准手続)


出口はまだ先にある

Article 50の定めによれば、脱退通告から2年以内に英国・EU間で脱退協定が締結されれば、脱退協定の発効日に英国へのEU条約の適用が終了し、英国はEU加盟国としての地位を喪失する(欧州理事会の全会一致により、期間を2年間延長することは可能であるが、実際に27か国全ての同意を得られるかは不透明である)。「脱退協定の発効日」が脱退の効力発生のタイミングとされていることからすると、将来の関係についての協定の交渉状況次第では、脱退協定の締結から実際の発効日まで一定の期間(transition period:暫定期間)を置くように交渉して脱退のタイミングを遅らせる必要も出てくるであろう。

脱退通告から原則2年という期間内に脱退協定を締結できない場合、英国は、EUとの間で何らの合意も得られないままにEU加盟国としての地位を喪失するという極めて不安定な立場に置かれることになる。英国内のEU市民の権利やビジネスへの影響を考えるとこのような事態は回避されるべきであり、英国・EU双方にとって、脱退協定の交渉方針を策定することは急務であろう(現時点では英国からもEUからも、脱退協定についての具体的なプランは示されていない)。

Article 50に基づくEU脱退はあくまで離脱プロセスの一部にすぎない。欧州改革センター(Centre for European Reform)のチャールズ・グラント氏は、英国を待ち受けている6つの交渉として、

① Article 50に基づく脱退協定
② EUとの貿易・通商協定

に加えて、

③ EU脱退から貿易・通商協定を結ぶまでの暫定期間に関する合意
④ 世界貿易機関(WTO)への再加盟手続
⑤ 現在EUと自由貿易協定を結んでいる53か国に加えて、米国・中国などの新たな国との間の貿易・通商協定
⑥ 外交・防衛政策、警察・司法共助、テロ対策についてのEUとの合意

を挙げている(Charles Grant, “Theresa May and her six-pack of difficult deals” 28 July 2016 )。こうした膨大な交渉に加えて、英国は、現在英国法に取り込まれているEU法の見直しという立法作業も並行して行う必要がある。

メイ首相は10月2日のスピーチにおいて、欧州共同体加盟法(European Communities Act 1972:英国がEUの前身であるEC加盟時に制定した英国法とEU法との関係について定めた法律)の廃止を含めた立法作業に着手することにも言及しており、2017年5月18日に開始する通常国会に向けて法案準備が進められることになろう(こうしたEU離脱に伴う立法作業をめぐる問題については、次回取り上げる予定である)。


Brexit means Brexit
もう元には戻れない?

Article 50に関しては、脱退通告を行った後にその撤回は可能かという問題もある。Article 50はこの点について触れていないが、英国が脱退通告を行った後は、他のEU加盟国の同意を得ることなく一方的に撤回することは許されないという見方が支配的である(前回説明した、英国議会貴族院・憲法特別調査委員会によるArticle 50に関する報告書もそのような立場を示している)。現実問題として、国民投票の結果を受けた今後の対応に追われているEU諸国が、英国の「心変わり」に同意するというシナリオは考え難い。

また、Article 50は脱退後の再加盟(rejoin)について定めており、仮に英国がEUへの再加盟を希望する場合には、リスボン条約49条に従って申請を行うことになる(かつて加盟国であったことに基づく優遇はない)。加盟が認められるにはEU理事会の全会一致の同意が必要であることから、各加盟国は拒否権を発動できることになる。英国には、かつてEECへの加盟申請に際して、フランスの拒否権発動により加盟に12年の時間を要したという苦い過去があり、あえて歴史を繰り返すような政治的な選択はとらないであろう。


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(BBC より):保守党年次党大会で演説するメイ首相(10 月2日、バーミンガム)。EU離脱後の英国について「完全に独立した主権国家となるであろう」と述べたが、そのゴールにたどり着くまでの舵取りは容易ではない。

このようにArticle 50の規定から今後のEU離脱プロセスを見つめ直してみると、”Brexit means Brexit.”という一文に込めたメイ首相の真意は、一度離脱を決めてしまった以上、もう元には戻れない(離脱以外の選択肢はない)ということにあるのかもしれない。世界中を驚かせた国民投票から100日が過ぎた今、英国はEU離脱という未曾有の大航海に向けて、いよいよ動き出そうとしている。


Article 50(リスボン条約50条)の条文
※和訳は 駐日欧州連合代表部公式ウェブマガジン(EU MAG)より

1. Any Member State may decide to withdraw from the Union in accordance with its own constitutional requirements.

2. A Member State which decides to withdraw shall notify the European Council of its intention. In the light of the guidelines provided by the European Council, the Union shall negotiate and conclude an agreement with that State, setting out the arrangements for its withdrawal, taking account of the framework for its future relationship with the Union. That agreement shall be negotiated in accordance with Article 218(3) of the Treaty on the Functioning of the European Union. It shall be concluded on behalf of the Union by the Council, acting by a qualified majority, after obtaining the consent of the European Parliament.

3. The Treaties shall cease to apply to the State in question from the date of entry into force of the withdrawal agreement or, failing that, two years after the notification referred to in paragraph 2, unless the European Council, in agreement with the Member State concerned, unanimously decides to extend this period.

4. For the purposes of paragraphs 2 and 3, the member of the European Council or of the Council representing the withdrawing Member State shall not participate in the discussions of the European Council or Council or in decisions concerning it. A qualified majority shall be defined in accordance with Article 238(3)(b) of the Treaty on the Functioning of the European Union.

5. If a State which has withdrawn from the Union asks to rejoin, its request shall be subject to the procedure referred to in Article 49.

1. 全てのEU加盟国は、その憲法上の要請にしたがって、EUからの脱退を決定することができる。


2. 脱退を決定した加盟国は、その意図を欧州理事会に通告する。欧州理事会が定める指針に照らして、EUは、当該国のEUとの将来の関係のための枠組みを考慮しながら、脱退のための取り決めを定める協定を当該国と交渉し、締結する。その協定は、EUの機能に関する条約218条第3項にしたがって交渉される。同協定は、欧州議会の同意を得た後、特定多数決でEU理事会によりEUを代表して締結される。






3. EUの諸条約は、脱退協定の発効日より、もしくは協定を締結できない場合には第2項に言及された通告から2年後より、欧州理事会が当該国との合意の上でこの期間の延長を全会一致で決定しない限り、当該国への適用を終える。



4. 第2項および第3項の目的を果たすため、脱退する加盟国を代表する欧州理事会もしくはEU理事会の構成員は、欧州理事会もしくはEU理事会の議論あるいはそれに関する決定には参加しない。特定多数決は、EUの機能に関する条約第238条3項(b)によって定義される。




5. EUから脱退した国が再加盟を要請する場合、その要請はEU条約第49条に規定された手続きに従う。

 

第4回につづく

 編集/Business Law Journal 編集部

 


 この連載記事を読む
  法律家がBrexitの渦の中で見るもの /多田 慎、高橋 由美子

Profile

多田 慎(Shin Tada) 
[弁護士(弁護士法人大江橋法律事務所)]

06年東京大学法学部卒業。08年慶應義塾大学法科大学院卒業。09年弁護士登録。15年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、16年ニューヨーク州弁護士登録。ナバロ法律事務所(ロンドン・ドバイ)での実務研修を経て、16年8月よりICC(国際商業会議所)国際仲裁裁判所・アジアオフィス(香港)にて勤務中。主な取扱分野は国際仲裁・訴訟、コーポレート案件(知的財産権、M&A関係)。

Profile

高橋 由美子(Yumiko Takahashi)
[英国(イングランド・ウェールズ)ソリシター(フィールドフィッシャー法律事務所(ロンドンオフィス))]

大阪外国語大学(現:大阪大学)、英国エクセター大学大学院卒業。在ロンドン英系大手法律事務所にパラリーガルとして勤務後、2015年9月より現職。主な取扱分野は競争法、在欧日系企業のコーポレート案件。


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